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2008/05/25

「芸能伝承とアイデンティティー」

 事実奄美の人のアイデンティティーは個々のシマにあり、それを超える統合的な「奄美」意識は、薩摩藩の植民地的行政や対本土復帰運動など外からの規定によるところが大きい。第一義的にはシマを基点とする重層性を持っており、シマの祖先は琉球とヤマトの監視の眼をくぐり抜けあるいは抵抗し、ドゥー(自分自身) 勝手を貫いて生き抜いてきたと想像する。そうしたシマ意識やオーラルな伝承を今日まで保持してきたところに、奄美社会の特質があろう。顕著な権力の集中がみられなかった自然発生的な姿なのではないか。(『それぞれの奄美論・50』

 奄美のアイデンティティがなぜ、ここのシマ(島)を超えることはないのか。「顕著な権力の集中がみられなかった自然発生的な姿」だからというのはその通りだと思う。奄美は国家をつくる必然性が無かった。それが個々のシマ(島)を越える奄美というアイデンティティを築くことがなかった根本的な理由だ。そしてそれは劣っているということではない。美質だと思う。

例えば奄美のシマウタでは、裏声のダイナミックな表現や三味線のきめ細かな装飾が特徴的だ。これは沖縄にもヤマトにも無い、ポップ化にもなじみにくい要素なのだ。

 この捉え方も素敵だと思う。ぼくは最近まで、あの裏声を辛さの凝縮としてしか聞くことができなかった。でも、ポップ化にも馴染みにくいその要素は、いうとおり、「沖縄にもヤマトにも無い」ユニーク性だと言うことができる。こんな視点が奄美の地域ブランド発掘にあるといい。


「芸能伝承とアイデンティティー」酒井正子




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