大阪の琉球弧語りのゆうべ
せっかくの大阪に来たのだからと、ゆいまーる琉球の自治の松島さんにお会いしたくて、「沖縄9条物語」に足を運んだ。
佐渡山豊さんコンサートは、骨太で、プロテスト・ソング、フォーク・ソングのなんたるかを聞かせてもらった。
野村浩也さんの講演は、「日本人」を「日本国家」に置き換えたらほとんど同意見だと思いながら聞いた。その昔、目覚めたプロレタリアートは目覚めないプロレタリアートに、「きみは知らないうちに資本主義に加担している」と、彼らをプチブルと呼んで批判した。いまの「プチ」語のさきがけである。でも、ナイーブな青年たちは突然、罪悪感を呼び覚まされて自分を責めるようになる。80年代、ポストモダンが流行った頃には、きみは考えているのではない、言わされているのだという言説も大手を振るった。だが、これらはすべて、何も生み出さなかったばかりか、さらに強力な抑圧を生み出したのではなかったのか。そんな過去の歴史を思い出さずにはいられなかった。朗らかに遊んでいる人に対して、歴史に無知であろうが何だろうが、その朗らかさを祝福しこそすれ、きみは無意識の加害者だとして非難する理由はどこにもないと思う。
もとい。お会いできた松島さんたちとは大阪駅まで戻って、ひととき琉球弧談義。松島さんは口調もお顔も身近なそれで懐かしかった。一緒にお話しさせてもらった隼人の藍澤さんの鹿児島弁のアクセントも懐かしく、また、出身ではないのにアクセントの移ったもう一人の藍澤さんのアクセントはさらに懐かしかった。琉球弧の理解者に出会うと、自分の棘がなでなでされるようで、ありがたいやら嬉しいやらだ。
おかげで大阪で琉球弧に浸る贅沢な夜になった。その前の講演とコンサートが濃かったかり、話せるのは一時間と線が引かれていたり。それもあったでしょう。でもそれより、松島さんと藍澤さんペアの理解と人柄のおかげ、ぼくはすぐにしゃべり上戸になってしまってました。ありがとうございます。
| 固定リンク































コメント