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2008/05/07

徳之島の抵抗力

 このような惨憺たる状況のなかで、文化十三年(一八一六)母間騒動が起こった。
 井之川噯の母間村百姓は隣村の轟木村に二〇五石ほどの土地を入作にして耕作しており、その出米賦課について、同年五月強訴に及んだのが騒動の発端である。そこで仮屋の詰役は首謀者である旧掟役の喜玖山を一室に監禁したところ、母間村の百姓六三〇人余が六月九日鉄砲・竹槍・魚突などで武装して、喜玖山のとじこめられた「格護所」を打ちこわし、村へ連れ帰ったのである。そして喜玖山と菩佐知・喜久澄そのほか一二人が板附船に乗りこんで十日夜出帆し、鹿児島の藩庁へ訴え出たが、いずれも入牢させられている。そうして惣横目富屋に鹿児島への出頭を命じ事の次第を説明させているが、富屋は首尾よくその勤めを果し褒賞をうけた上で帰島している。

 この騒動は、結局文政二年(一八一九)、母間村から無手形で鹿児島に渡海した一二人のうち、喜玖盛・富里その他四人の者が許されて帰島し、富奥は鹿児島で病死して、残り五人が文政三年七島へ遠島処分となることで決着をみた。文政二年夏には、文化十三年(一八一六)の越訴の際事情聴取のために呼び出された宙屋が上国与人として鹿児島へ渡っており、その富屋あたりの工作もなされたのかもしれないが、藩庁としては寛大な措置をとっている。おそらく厳罰に処することは、徳之島に騒動を一段と激化させることを怖れたからでもあろうか。
『近世奄美の支配と社会』(松下志朗)

 「惨憺たる状況」というのは、母間騒動の2年前の台風がすさまじく、「死者八人、死牛馬三疋、流失家屋一七九軒、倒壊家屋七八六軒、流失・破損の操船・板附船三三艘」という被害を生じたこと。しかもそれだけでなく、次の年には疱瘡が流行して、「島民九六七ニ人が羅病し、そのうち一八九一人が死亡した」災害を指しています。書き写すだけでもため息が出てきますが、これだけの規模ならまるで島の滅亡のように感じてもおかしくなかったはずです。騒動は、その次の年に起こったのでした。

 この母間騒動の記述を読むと、徳之島はさすがだなあと思う。闘っている。そんな言葉が似合うのは奄美のなかでも徳之島が一番ではないでしょうか。他の島が闘っていないわけではありませんが、闘う姿が文字通りそれとして想起できるのが徳之島です。

 同胞を監禁場所から連れ帰り、そのまま出奔し七島灘を越え薩摩の藩庁に訴えるあたりは、闘う姿そのものです。ただ、藩庁に訴える行為の素朴さ、人の良さは、グラデーションなしに奄美の共通性ではないかと思えます。

 徳之島の原動力は何だろう。こう問うてみると、松山光秀さんの言葉を思い出します。徳之島の2つの特徴を追認して、松山さんは書いています。
 

 まず最初に示されたポイントが、スリ鉢の底に沈澱するような古い文化のたまり場としての特徴であり、次に示されているのが、南からすごい勢いで押し寄せてきた琉球文化と、北から同じように南下してきたヤマト(日本本土)文化をしっかりと両手で受け止め、生のままでは上陸させることのなかった徳之島文化のしたたかさについてである。特に私は後者に触発された。言葉をかえていえば、徳之島は南の文化と北の文化の流れの接点をなしているということであるが、この相反する南と北の力は互いにぶつかり合って渦をつくり、それがそのままスリ鉢の深い底に沈澱していったのではなかろうか。
『徳之島の民俗〈1〉シマのこころ』(松山光秀)

 「南からすごい勢いで押し寄せてきた琉球文化と、北から同じように南下してきたヤマト(日本本土)文化をしっかりと両手で受け止め、生のままでは上陸させることのなかった徳之島文化のしたたかさ」という箇所に徳之島らしさは現れています。ここでの文脈に置き換えれば、徳之島は、大島のように北の文化の強力の前に南の文化が屈することもなく、また与論のように北の文化の波が希薄だったわけでもなく、南と北が拮抗しあった。そういうポジションが徳之島だった。この、拮抗に、徳之島の原動力はあるのかもしれません。

 母間騒動から約半世紀後、犬田布騒動が起こります。これは拷問を受けた島人を救出すべく島の150人が起こした暴動です。徳之島の抵抗力は脈々としていました。



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