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2008/05/13

「顕ち現れる奄美」

 藤井令一さんの会で会った弓削政己氏も、近世奄美を伝える対馬の宗家文書の所在を追い求めていて、ようやく遭遇することができそうだ、と興奮しながら語っていたことを思い出す。奄美の人々が、奄美を、まるごと知り尽くしたいと願って、着々と成果を挙げている姿に接することができるのは、喜ばしいと言う以上に刺激的だ。九月に奄美に参集した多くの学者・研究者が、自分のテーマとテリトリーと方法を身につけ、せっせと業績を積みあげている姿も、真撃で感動的だが、どこかよそよそしさが感じられるのは、たぶん、研究する主体と研究する対象とが、適度な距離つまりは客観性を保持していて、その研究成果がすらすらと澱みなく発表されるからなのだろう。

 奄美が奄美を知るということは、そういうことではない。森本眞一郎氏が苛立たしそうに語るのも、児玉永伯氏や弓削政己氏が嬉々として語るのも、捉えにくい奄美の位置や歴史像を見出だそうとすることが、彼ら自身のアイデンティティーの確立と無関係ではないからなのである。そうして今、最大の他者・島尾敏雄を失った奄美には、例えば高橋一郎氏や古仁屋に生きる余所者たちがいて、奄美を見、沖縄を見、日本を見据えている。

 奄美からは、沖縄が、日本が、よく見える。北と南の結節点・奄美は、そこから出発し、そこから発信しつづけるであろう。(『それぞれの奄美論・50』

 「奄美が奄美を知るということは、そういうことではない」。ぼくも、そう思う。別に学問がしたいわけではない。
関わらずには生きていられない。そういう感じなのだ。

 ただ、それがアイデンティティの確立かというと、少し違う気もする。ぼくたちのアイデンティティはそれほど自明ではなく、いつも揺れ動いる。それが常態だ。で、その都度、揺らぎの座りの悪さを通じて自己意識を手にし、アイデンティティの手触りを確かめようとしている。そんな気がする。そして、もっと座りのいい形はないのかと、アイデンティティの編み直しを試みている、というか、あがいているのだ。

「顕ち現れる奄美」関根賢司



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