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2008/05/28

「時代を見張る力と明日を創る力」

 生まれ故郷の名瀬を後にしてからすでに三十年近くの歳月が流れた。その歳月の大半をぼくは高校の教員として過ごして来た。その間教えた生徒はかなりの数になるが、その生徒たちの中でぼくのことを「奄美出身」だと知らないものはない。教室で最初に口にする言葉が「ぼくの故郷は奄美です」だからだ。「出身は鹿児島県です」と言えば言えてしまうものをぼくはそういう言い方をしたことがない。ア・マ・ミ。ぼくの中で、この深い響きを持つ場所のほかに出身地はない。しかしその同じ響きは多くの生徒たちに軽い笑いを与えた。それは「侮蔑」という深刻なものではなく、かといって「羨望」というおめでたいものでもなく、敢えて言うなら「弛み」とでも言えるようなものだ。ア・マ・ミ。そう、確かにこの語の響きはヤマトッチユたちの心を弛ませる。(『それぞれの奄美論・50』

 ぼくも出身を県名では言わず、「ヨロン」と答えてきた口だが、盛岡さんは1952年生まれなので、1960年代生まれを待たずに、それはありえたことを教えてくれる。だから、山下さん、少し安心してほしい。

 ただ、盛岡さんが闊達にこう言い切るのは、盛岡さんが移住した場所が神奈川県と鹿児島を遠く離れていることも寄与していると思う。鹿児島県の内部ならそれはいくらかの物議をかもし出さなければならなかったろうと思う。ぼくも東京に来て、「与論出身」という言葉がそれまで鹿児島では持ってきたどんな含意も付着させないのに解放感が強烈にあったのを覚えている。もっとも、「あそこは外国じゃなかったの?」という別の含意はやってくるのだったが、その含意は気楽なものでむしろ歓迎したくらいだった。

 さて、盛岡さんは「アマミ」という響きが弛みを生んだと書くのだけれど、それはひょっとして盛岡さんの人柄のなせる業ではないかと思わないでもなかった。


「時代を見張る力と明日を創る力」盛岡茂実



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