« 報道ステーションで与論島 | トップページ | 小さな奄美の地船-疎外の強化と絶えない交流 »

2008/04/24

漂着・飢饉時の借米機構

 18世紀末の『琉球館文書』に書かれた、漂着借米(他島に漂着したために借りる米のことだと思う)の返済方法を、弓削さんは挙げています。

1.以前は薩摩船頭・道之島のものが漂着して借米を渡す時、薩摩への上納米から「引合」っていた。

 これは、どこかの島へ漂着した奄美の島人に米を貸す場合、薩摩への年貢から出していたということだと思う。

2.1772年、薩摩藩は川上弥五太夫取り次ぎで、自分用事できたものに対し、借米を「出物米の内より相渡す」ことはいかがと思うので、今後、御用の者・格別なわけがある者は拝借させ、「島人ども自分用事につき罷渡り候面々」は拝借させないようにといってきた。

 「自分用事」とはいわゆる私事のことだろう。自分の都合で来た者に年貢から渡すのはよろしくないので、公用でない場合は、米を貸さないようにと言ってきたのだと思う。

3.以後、御用できた者には従来通り出物から渡す。それ以外の「薩摩船頭・水主・道之島の者共」が在番所を経て申し出る借米は、鹿児島の「琉球館」へ納めるという証文を受け取って借米させた。(在番所を経由はするが、その決済は琉球・奄美の直接決済ということになる。)

 「琉球館」とは、「薩摩に置かれた琉球王府の代表である在番親方等が詰める施設」のことだと言います。公用で来た以外の者には、琉球の責任で返済する証書を取った上で貸したということに思えます。

4.ところが返済はうまくいかず、遠海であるので催促もできず、それ故、琉球への未返済が米・粟で五百石余となっている。

 漂着した奄美の島人が琉球館経由で借りた米を返済できずに溜まっているということだろうか。

5.したがって、この滞納分を薩摩への上納米と相殺することを願い、かつ、以後は自分用事の者の借米も、以前のように上納米から渡すことを願っている。

 奄美の滞納分を、薩摩への年貢から差し引いてほしい。かつ、私事で借りる米も以前同様に年貢から渡してほしい。そういうことだと思う。

6.琉球の者が薩摩へ漂着して藩から借米したら、鹿児島の琉球館へ上納を命じられている(ということは、藩へ確実に返済されるということか)こともあるので、願を開いてほしい。

 弓削さんによると、琉球の願いが達せられたかどうかは不明です。ただ、「漂着船が際限なく、その一方、借米返済が首尾よく行かない実情を前提に、薩・琉が自らのリスクは回避しよう」としていたということを指摘しています。

 また、徳之島が飢饉にあえいだ1777年に、こんなやりとりがあったそうです。

 徳之島が、度重なる台風や塩害で飢饉になったとき、代官経由で島役人が那覇へ赴き、薩摩の在番役人に島の実情を話す。薩摩の役人は、琉球へ相談しないわけにいう反応。しかしそれ以後、薩摩の役人からは琉球へ問い合わせたからいずれ連絡があるだろうと言われたものの、音沙汰がないので、島役人から願書を書いたら、琉球から返答があった。両先島が凶作で八重山では流行病で死人がだいぶ出たので余裕がない、と。そういう事情なので、徳之島へは「二百石」ほど渡すという返事。それではあまりに僅かだからとその後もいくらかの交渉をした結果、「三百石」を徳之島へ卸すことになったという。

 弓削さんはこう考察しています。この琉球の対応は、飢饉での負担義務はないということにはならない。飢饉時についても拝借・返済の仕組みが出来上がっていたのだろう。自分都合で米を借りに来た奄美の島人に対して、薩摩が米を貸すなと言っても琉球は、それはできないという対応をしたのは、奄美との歴史的な一体感があったのかもしれない。けれど、一体感はあったとしても、琉球側の対応は、「藩の政策のもとで薩摩藩領土としての対応であったといえよう」。

 この考察を読むと、琉球を含めた、薩摩-奄美-琉球での貸借と返済の仕組みを説明するのと一緒に、琉球の採った態度が奄美にとってどういうものであったのか、それを敏感に察知しようとしている弓削さんの息遣いを感じます。そして弓削さんは思うのです。琉球は、制度以上の態度をとれたわけではなかった、と。

 ぼくは弓削さんの気持ちを察しながらも、琉球の制度的な対応はともかく、実際的な交流は絶えていなかったことに気持ちが和みます。



|

« 報道ステーションで与論島 | トップページ | 小さな奄美の地船-疎外の強化と絶えない交流 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/40951208

この記事へのトラックバック一覧です: 漂着・飢饉時の借米機構:

« 報道ステーションで与論島 | トップページ | 小さな奄美の地船-疎外の強化と絶えない交流 »