« そりゃ九州でしょうという声と沖縄のほうがという声と | トップページ | 山之口獏の「会話」のつづき »

2008/04/14

「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュッ!! in 東京」のゆうべ

 ゆうべは思い立って、「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュッ!! in 東京」を観に新宿へ行ってきました。日ごろ、奄美あまみと書いている割には、大島の島唄をオンパレードされたら場違いな気分にならないか、柄にもなく引っ込み思案になっていたんですが、でもまあそれは杞憂というものでした。

 ひと口に言って、奄美(大島)は明るくなった気がしました。

 ぼくはこれまで奄美(大島)の哀調を帯びたメロディの島唄を聴くと、哀しいなぁ大島の人は苦労したんだなぁと辛くなるものでした。でもその印象が少し変わって、むしろ琉球方言で歌う優しい民謡に聞こえました。松元良作さんは、「行きゅんな加那」の歌詞の意味を、ぼくたちは知らずに歌っているけれどこんな内容ですと解説していましたが、詞内容の方言(島口)の意味が抜けたところで歌われる点が哀切さの響きが和らぐ理由になっているかもしれません。

 哀切さ辛さよりは、琉球方言の響き、唄者の歌唱力に心奪われるのは、ひとつには奄美の民謡の背景にあった娑婆苦が緩和されているからに違いありません。それが、明るさのひとつの背景になっていると思えます。

 もうひとつは、島の唄者というより島出身のミュージシャンと言ったほうがふさわしいように、現在のポップの担い手も増えたからでしょう。我那覇美奈さんの歌は、島を歌の素材に使った現在の歌謡でした。その分、島唄の情念からは自由で、若い世代の切なさを歌に乗せていました。中孝介さんの歌もこの系譜にあるでしょう。そして、中孝介さんの出番では、会場外で同窓会?を決め込んでいた人たちも会場内に押しかけてくるように、奄美(大島)がメジャーなミュージシャンを出す地になったことが、明るさを強力に後押ししてくれているのが分かります。消されそうな火を両手で覆ってそっと見守るのではなく、まばゆい光に見とれていればいいという変化がここにはあります。

 ぼくがいちばん聞き入ったのは、里アンナさんの「わん島」でした。彼女の歌唱は、島唄のエッセンスを現在のポップに生かすというレベルを越えて、奄美の深い森から声を発しているような、ソウルフルなエネルギーが充満していました。これは、元ちとせさんの歌にも感じる魅力です。そういえば、元ちとせさんのビデオ出演もよかった。東京国際フォーラムの「GREEN plugged LIVE」では借りてきた猫のようにぎこちない挨拶をしていましたが、島人ばかりという安心感があるのでしょう。島の姉さんのコメントで、場が和みました。

 奄美(大島)の出身者ではないですが、ハシケンさんのワイド節もよかった。ハシケンさんにかかると、あのワイド節は、あれはロックですね。それがよく分かりました。他郷の方がアレンジを加えて取り上げることができるのは、80年代に坂本龍一らが沖縄音楽でそうしたように、ミュージシャンの力量にも依るでしょうが、その前提に、奄美の身体と切っても切れない民謡が、他者と共有可能なものに変わったことを意味しています。もちろん民謡が変わるのではありません。それを歌う人と歌う舞台が変わるからです。

 奄美(大島)は明るくなった。よかったよかったと思わずにいられませんでした。

◇◆◇

 もちろん厳しい現実がないわけではない。むしろ厳しい現実があるのは分かっていて、それを変えなきゃいけないという努力が、この明るさを支えていることを忘れてはいけないでしょう。昨夜のイベントは、「あまみエフエム ディ!ウェイヴ開局一周年記念」で行われたものですが、ラジオ局のみなさんの情熱あっての舞台運営だったと思います。変な言い方ですが、途中、ディ!ウェイヴの紹介をしてくれたスタッフの方たちのトークが垢抜けているのには隔世の感を覚えました。奄美(大島)は変わったんだなあと痛感する瞬間でした。

 ディ!ウェイヴでは、英語と一緒に島口を覚えようというコーナーも紹介されていましたが、この番組は明るさと引き換えに忘れてしまった島口を、明るさを力にして覚え直そうとしているように、ぼくには感じられました。

 ぼくは昨夜の奄美(大島)の方言や島唄の意味がなんとなく分かったし、那覇に行っても街角のおばぁたちが話す言葉がおおよそ分かります。それはひょっとしたらぼくが沖縄と奄美大島の琉球方言を等距離で見ることができる与論の人だからかもしれないのに気づきました。それに、いつもは琉球音階で血が騒ぐので、島唄の締めはカチャーシーのほうがしっくり来る方で、六調が身体に響いてくることはこれまで無かったのですが、昨夜はその印象も変わって、奄美の歌謡に身体を馴染ませて入っていけば、そのリズムは琉球弧のそれだという同一性を感じることができました。それは、民謡の響きにもMCにも感じたことで、ぼくには嬉しい発見でした。だって、サーモン&ガーリックのMCは、沖縄の笑築過激団などのそれと口調が瓜二つです。模倣と言いたいのではなく、つながっているのがよく分かったのです。

 そのつながりからいえば、ここに沖永良部や与論の歌い手も登場して曲を披露してくれれば、島ンチュの意味が、奄美大島(や喜界島)限定ではない広がりが生まれるだろうと、そんな場を期待したくなりました。

◇◆◇

 コンサートを抜けては、オーガニック泥T推進リーダーの山川さん、亀尾さんとともに山元さんの泥染めの店を手伝えて嬉しかった。そこで山元姉兄弟にも再会できて嬉しかった。昨年奄美で行ったコンサートの東京バージョンを7月30日に計画しているソプラノ歌手の萩原かおりさんと再会できて嬉しかった。水間さんとお会いすることもできて、それもとても嬉しかったです。夜の時間が押して、山元さんとTシャツの打ち合わせをすることすらできませんでしたが、大島ンチュの輪のなかに加えてもらってご機嫌な夜でした。

Dorozomeshop












 そうそう。亀尾さんの発見ですが、奄美(大島)ンチュは、男女問わず、ハンチング率が高いですね。亀尾さんの見立ててでは20%。ゆうべのびっくりのひとつです。あれ、どうしてだろう?いつから流行ってるんだろう? 楽しい謎をみつけました。そのうち解明したいです。

 奄美(大島)のみなさん、楽しいひと時、ありがとうございました。とおとぅがなし。


Photo












(「うかれけんむん」だなんて飲まずにいられないネーミングです)


|

« そりゃ九州でしょうという声と沖縄のほうがという声と | トップページ | 山之口獏の「会話」のつづき »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「夜ネヤ、島ンチュ、リスペクチュッ!! in 東京」のゆうべ:

« そりゃ九州でしょうという声と沖縄のほうがという声と | トップページ | 山之口獏の「会話」のつづき »