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2008/04/17

琉球と大和の二重意識

 奄美とは何か。そのことをずっと考えてきました。

 ぼくは、奄美の困難を、二重の疎外と考えてきましたが、それは薩摩の琉球侵攻以降に始まったものではなく、大和朝廷勢力の南下の折に胚胎され、薩摩の琉球侵攻以降に完成したと捉え直しました。

 二重の疎外は、現在も奄美の困難として生きていると思えますが、いま、困難をそれによって生きる奄美人の所与の条件だと見なしてみます。そう見なすと、奄美とは琉球と大和との交流拠点であると素描することができます。

 大和が南下したとき、琉球弧のなかでその交流拠点となったのはどこよりも奄美でした。交流は局所的であったり断続的であったりのゆるやかなものでした。ついで王国としての琉球が北上したときに、交流は希薄化したかもしれません。しかし、それは薩摩藩の琉球侵攻以降にさらに本格化しました。これらの交流は、特に薩摩としての大和が覆いかぶさった期間、激しい痛みを伴うものでしたが、奄美の島人はその美質を失わず、よく生きてきました。

 いまも、琉球か大和か、それが問われる場面では、奄美はどちらにするのか、まるで二者択一の選択肢として現れるので、そのアイデンティティは浮遊せざるをえません。その浮遊感は、自信の無さに結びついたり、優しさとして表出されたりしてきました。また、奄美は大和であるという主張も、奄美は琉球であるという主張も生んできました。これは、共同観念に成長していない以上、他者の見なしに対する反論という形を取らざるをえませんでした。

 奄美とは何か。それは、琉球と大和の二重意識のことです。

 奄美は、亜熱帯ヤポネシアの北部地域に位置し、高島から低島への幅と、森から珊瑚礁までの幅を持っています。そしてその幅は、中南部琉球弧へと反復されます。そして、この振幅のグラデーションは、意識のなかでは、琉球と大和の二重意識のグラデーションとして表出されてきました。この二重意識は、大和にもない琉球にもない奄美固有のスタイルをなしています。

 奄美は、この二重意識を基盤に、琉球と大和の交流拠点を担ってきたのです。




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コメント

 クオリアさん

 古事記、日本書紀、おもろさうし・・・文字文化が
今風の携帯、ブログ文化へと発展しながら、一方では
内容が退化し貧相になっているのではと憂えています

 ということは、姥捨山の心境でしょうか
琉球の学者が、琉球方言は五母音から三母音へと移行
したのだと述べています
琉球はそれでいいでしょうし、奄美というか名瀬など
の大島にはそれなりのものがあっていいでしょう

 ガシュクトゥ、ユンヌはユンヌですよ
三母音の日本祖語を厳然と保有しているのは、ユンヌ
の島だけです
だったのですと云わなければならない現状は残念です
 琉球と言われようが奄美と言われようが、ユンヌは
ユンヌです

 ユンヌ言葉で「貰ってきなさい」は「ギティクウ」
で、「借りてきなさい」は「フウティクウ」です
「買ってきなさい」は「ホウティクウ」です
「取ってこい」は「トゥティクウ」ですよね
「持って来い」は「ムティクウ」で分かりやすいです

 古事記や日本書紀が漢字で表意される時代のずっと
以前から私たちの親先祖が語っていた言葉です
便宜的に現代用語で話すほかはありませんが、難しい
言葉ではなくワラビンチャーが聞いて分かるように話
すように心がけたいと思います

 どうしてそんな言葉が・・・と思われませんか
橋下大阪府知事が、府下市町村長の首長の言葉に涙し
、石原都知事が銀行問題で項垂れ、福田首相がどうし
て分かってくれないのでしょうかと泣き言をいう姿が
つまらなく、情けなく思えます

 ユンヌだけはなどと云うつもりは毛頭ありませんが
アイディンティーはそれとして、「ユンヌチュルシマ
ヤサー インクウーサ(居難さ)ヤアシガヨー・・・」
と唄ってみたくなります

 そろそろ、ユンヌの島が恋しくなりました
遠くにありて思ふもの・・・さりながら、またあすも
サービタンと島をたずねたくなります

 ユンヌ言葉や唄が面白くて、人生はおもろいです
都はるみさん、ガンチキバリヨ!

投稿: サッちゃん | 2008/04/17 22:36

サッちゃんさん

ああ、しょんし。しばらく奄美全体にこだわって書いていくつもりですが、胸のうちは与論が恋しくてしくしくしてます。

ゆんぬは、大勢力が洋上や頭上を過ぎていった。だから、三母音もよく保てたのかもしれないですね。

最近は、うれーがいゅんがねー、再興するのは、言葉の前に唄ではないかと思っています。そうすれば、言葉は唄の後についてくる。がんちむぁーりゅい。

盛窪さんのブログ復活の日を待ち望む日々です。

投稿: 喜山 | 2008/04/17 23:17

 クオリアさん
 
 人の世の廻りあい グショウノジョウヤ イチジョウ
・・・ ミグティキュルエマヤ シチドゥマチュル

 島の農業の礎となられた「わらび」さんの父上が天上
の群☆になられたそうです
偶々か呼ばれたのか、島に帰ることにしていました
お会いしてきます

投稿: サッちゃん | 2008/04/19 09:16

サッちゃんさん

ああそうですか。お知らせくださりありがとうござます。お悔やみ申し上げます。

わたしは帰れないので、こちらで手を合わせます。

投稿: 喜山 | 2008/04/19 09:35

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