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2008/04/02

二重の疎外の力学

 「奄美にとっての道州制」で、道州制構想として奄美の琉球州入を書いたら、反動のようにその困難さが気になりだします。

 ぼくは、奄美固有の困難を「二重の疎外」と捉えて、ここでもしつこいくらい書いてきました。(たとえば、「四世紀後の異議申し立て」)。

 繰り返せば、二重の疎外は、地勢と自然と文化の同一性の親和感から沖縄を向けば政治的共同性が異なると無視され、政治的共同性の同一性から薩摩に顔を向ければ地勢と自然と文化により差別される、というのがその中身です。この困難は、言うまでもなく薩摩の琉球侵犯によって構造化されたものです。

 近代以降、奄美人は「日本人になる」ことを「二重の疎外」の脱出口と捉えてきました。実を言えば、捉えてきたという冷静なものではなく、我を失うように日本人になることになだれを打って投身したのでした。それが、琉球処分の際、奄美からは沖縄県への参入の声があがらなかった理由であり、戦後、沖縄を省みず、なりふり構わず復帰運動に突き進んだ理由です。

 わたくしは奄美大島出身の者であります。今回の奄美大島の帰属問題について、歴史上からの私の知っている範囲において純然たる日本人であり、また日本国の一部であることを立証いたしまして、皆さんの御参考に供えて、そうしてこの帰属問題について皆さんのご協力を仰ぐ次第であります。  もうすでに御承知の通り、奄美大島は、沖縄と共にずいぶんと古い、開びゃく以来古い紀元を持っておる島であります。

 人種の上からいっても大和民族の一つの支流であります。大和民族の、もっとも移動についてはたびたび行われておりますが、一番最後の第三回目に大陸から朝鮮海峡を経て日向に落ち着いたのが、一番武力においても知能においても最も優秀な民族で、これを固有日本人という学名で呼んでおりますが、その一派が日向、大隅、薩摩ここから南の島々に殖民して、それがわれわれのつまり祖先になっているわけであります。

 もちろんそれ以前に先住民族がありました。アイヌのごときはその一つでありますが、しかしどこまでもやはり奄美人の主体というのは固有日本人で、これは学術上明らかに証明されておるので、わずかにアイヌの血が混っておるというに過ぎません。その点においては、日本全土挙ってアイヌの血を多少とも受けておるわけでありますから、ひとり奄美大島ばかりには限りません。どこまでも主体としては固有日本人になっておるのであります。(東京奄美会八十年史編纂委員会 1984年)

 この、情けなくも痛ましくもある主張は、1951年に奄美の復帰問題について、参議院外務委員会公聴会で話されたものです。この聞いていられない「日奄同祖論」を展開したのは、あの、『大奄美史』の昇曙夢です。昇にしてからのこの体たらくでは、当時の奄美の島人の日本人への保証強迫を鎮静するどころか煽ることしかできなかったでしょう。ただ、この体たらくは情けなさの極みですが、ぼくたちはこれを笑うことはできません。

◇◆◇

 ところで、「二重の疎外」を規定する薩摩と沖縄のうち、奄美の「日本人になる」という脱出口を持っているのは、薩摩としての政治的共同性の方でした。だから、薩摩による政治支配が形上解けた近代以降も、奄美人に日本人保証の願望がある限り、「二重の疎外」の構造は解けることなく残存したのです。

 薩摩の政治的共同性に向くことが「日本人になる」ことを保証するように見えたということは、その逆、沖縄の文化的共同性に向くことは、「非日本人」であることを認めることして表象されるほどでした。そこで、奄美は沖縄にひっそりと背を向けてきたのでしょう。

 それはたとえば、ウチナーンチュ(沖縄人)という自己規定が、その対立項としてヤマトゥンチュ(大和人)を見出し、その「沖縄人vs大和人」がそのまま「非日本人vs日本人」と含意されていると感じられるとき、奄美はむしろ積極的に自己を喪失し、出自を伏せ方言を忘れる度合いを激しくしたのだと思います。沖縄がウチナーンチュとヤマトゥンチュという構図で自己規定すると、その枠外にあるはずの奄美が反応してしまうのです。大和との差異線で沖縄が浮上すれば、奄美は沈んで大和に同化するという、まるで擬態のような反応行動でした。ウチナーンチュvsヤマトゥンチュの枠組みのなかで奄美が発語することは、先の連想が働く限り奄美人が非日本人であることにつながり、二重の疎外の脱出口をふさいでしまうと見なされたのです。これが、奄美の底深い失語の背景にある二重の疎外の力学です。

 こう考えてくると、奄美にとっての道州制のテーマは、奄美にとって「日本人になる」ことが強迫であり続けているかどうかを再び問う試金石でもあるということができそうです。強迫である理由はもう何もないのはいうまでもないですが、島人の実感に照らしてどうなのかということは、奄美のみなさんに聞いてみなければなりません。



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