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2008/04/12

大和化への反復強迫

復帰運動の分裂
 奄美の復帰をめぐる動きの中には当初から三つの考え方があった。一つは即時完全復帰、二つは鹿児島県大島郡の復活、三つは琉球独立論である。もちろん圧倒的多敬は日本復帰であり、琉球独立論者はほんのひとにぎりの反共売弁分子であった。これは復帰連動が高まっていくにつれて表面から退散していった。しかしこれまで条約三条撤廃即時復帰で統lされてきた復帰協内部に早期実質復帰へのスローガン変更を求める動きが表面化した。実質論者の言い分は、奄美は歴史的に沖縄とは違うというものであった。もう一つの言い分は、沖縄には米軍の軍事基地があるが今の世界情勢からみて簡単に手放すとは考えられないので沖縄と一緒ではいつまでも復 帰はできない、さらに奄美はもともと鹿児島県大島郡であったのだから、その復活を求めることこそ理にかなっているというのであり、実質復帰論は当面可能な渡航、送金、進学等の自由化など実現可能なものから取りくみ、復帰をめざすべきであると言うものであった。(崎田実芳「復帰をめぐる様相」1989年)

 「反共売弁分子」の意味はよく分かりませんが、「即時完全復帰」は、奄美と沖縄全体の復帰のことを指していると思う。これを読むと、復帰運動には、「奄美・沖縄復帰」、「鹿児島県大島郡復活」、「琉球独立」の三つが存在していたことが分かります。この三つは、

 1.奄美・沖縄が日本に復帰する
 2.奄美だけが鹿児島県大島郡として日本に復帰する
 3.奄美・沖縄が琉球(=非日本)として独立する

 と言うことができます。そして、ことの進展につれ、3の選択肢は表面からすみやかに消え、1に代わって2が台頭するという成り行きは、奄美人の心性をよく伝えています。奄美は、沖縄と琉球として国家独立する必然性を持っていない。その結果、奄美は沖縄との同一性よりは差異を際立たせ、鹿児島県大島郡を選択しようとする。この選択はしかし、「鹿児島」を選ぶというより「日本」を選ぶということを意味しています。

 3が存在するということは、漠然とした気分としては琉球への親和感があるのですが、ことが際どくなってくると、琉球への親和は影を潜め、日本人保証への衝迫が表面化してきています。それが、1から2への傾斜です。

 沖永良部と与論は、文化的アイデンティティは沖縄だけれど、道州制の議論が現実化すると、鹿児島県としての政治的アイデンティティが表面化するだろうということを、ぼくは前利潔さんに教えてもらったのですが、この復帰のプロセスはそのことを雄弁に物語っています。

 ぼくはこのことを、奄美の自発的意思による選択でなく、自失の結果だと見なしてきました。そしてそれは、琉球処分の際に、鹿児島県ではなく沖縄県への組み入れの議論が起こらなかった過程にも現れていると思ってきました。奄美人は、奄美の二重の疎外を「日本人になる」ことで脱しようとしたからだと考えたのです。

 しかしことは近代以降のことだけではなく、それ以前から繰り返されてきたことなのかもしれません。それというのも、琉球のなかで南下する大和朝廷勢力の影響を最大に受けてきたのは、奄美(特に北部奄美)だからです。大和朝廷勢力が文明を携えて南下したとき、奄美の人々には、大和人になることが憧れを含んだ強迫として植えつけられたのかもしれません。本土と異なり、奄美以南の南島は、大和朝廷勢力の支配は徹底されることなく、局所的であったり断続的であったりしました。そのため、気分は琉球弧でありながら、一端ことが起こると大和に我知らず傾斜する傾向を生んだということです。

 ぼくは、近代奄美人は、「日本人になる」ことで、薩摩藩により構造化された「二重の疎外」を解決しようとしたと考えてきました。ただことは、薩摩の琉球侵犯により始まったのではなく、大和朝廷勢力のときに既にその心性の下準備がなされていたのかもしれません。それだからこそ、近代以降の「日本人になる」傾向は激しくなったのではないでしょうか。奄美人の「日本人になる」ことの衝迫の激しさを思うとき、近代以前も含めて捉えたほうが遠因を理解できるような気がするのです。日本人になるという強迫は、大和人になるという強迫の延長戦に現れたものだということです。

 ここまで考えると、戦後日本の西洋化への衝迫と似ていることに気づき、奄美はいかにも日本の縮図と言える側面を持っています。ただ、西洋化は、文明と文化にまつわることですが、大和化は、文明と文化だけでなく、人の交流、混合も含まれている点が違っていました。



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