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2008/03/31

奄美にとっての道州制

 昨日の「引き裂かれる奄美」を書いた後、どういうわけか、PUFFYの「これがわたしの生きる道」を思い出しました。

少しくらいは不安だってば これがわたしの生きる道

 こんな風に奄美が、「これが奄美の生きる道」を言い切らなきゃいけないんだろうなぁと。それに、少し抽象的な言い方で終わらせているのは自分でもちょっと気になるところです。拙いけれど一構想アイデアを挙げます。

 ぼくの考えは、奄美は一体で沖縄というか琉球州に加わるのがいいと思う。そのほうが、奄美が日本や近隣国の都市住民に提供できる価値を開示しやすいと思うからです。そして、奄美の歴史が担った強みを生かして九州との交流拠点を役割のひとつとして担えばいいのではないでしょうか。沖縄は元来、鹿児島との交流は苦手だろうしすると奄美なしでは九州との交流はおぼつかないだろうから、そこで、鹿児島在住の奄美人も多い強みを生かします。

 奄美は沖縄に対しては、同じ亜熱帯の自然と珊瑚礁の観光資源を持った地域として沖縄価値の広がりになることを伝えます。ただし、開発をしない観光資源としてのポジションは守ります。語感を誤解しなければ、琉球の辺境というポジショニングにしてもいいのです。別の側面では、沖縄がともすると、対大和に身構えて硬直化する傾向があるのに対してそれを緩和する役割も担えるでしょう。

 ただし、琉球州は琉球王国を根拠にしたら未来性は小さくなります。それは、北部奄美の反撥を買うからというより、国家の解体表現の一過程として道州制があるとするなら、国家を構築しなかった美質を持つ琉球弧の深い歴史を根拠にするほうが強い基盤を得られるからです。

 と、勝手なことを書きました。しかしこれ全て、奄美は何者かをネガではなくポジとして提示する力を前提にしています。そうでなければ、どちらへいこうが九州のなかの異物・辺境として静かに黙殺されるでしょうし、琉球州のなかでも、「お前達は鹿児島ではないのか」という無理解で無視されると思うからです。

 奄美にとって道州制というテーマは、自己の輪郭を浮き彫りにできるかどうかの試金石になる気がしています。

 (がんばれチベット、と念じて投稿。)




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