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2008/03/23

マーブイユシ

 抜けた魂を込めることを沖縄ではマブイグミ(魂込め)と言ったと思う。『ドゥダンミン』では、それをマーブイユシ(魂寄せ)と呼んでいます。今日は、そのマーブイユシの話。

 マーブイユシ(霊魂寄せ)
 弟は仮死状態で生まれてきた。産婆である伯母が背中をさすり、両足を持って逆さにしてたたいて蘇生させた。ヤーナー(家名)は、マサとつけた。ビニャ(虚弱)で育ちが悪かったので、名前を頑丈なウシ(牛)に後年付け替えた。
 彼が幼い頃、夜中に何かにおびえたように泣き叫んだ。それが二日続いた。祖母が「フヌワラビヤー、マーブイヌガチャイ。マーブイユシシリバドゥナユイ(この子は霊魂が抜けている。それを呼び寄せなければいけない)と言って、おむすびを数個作り、芭蕉の葉に包んでテル(竹かご)に入れて、泣き出した前日に遊んだトゥマイの浜へ行った。
 沖に向かって大声で「ワー マサガマ マーブイ ハックゥヨー(私のマサの霊魂よおいで)」と叫びながらおむすびを投げた。ナーバマ、湯浜と場所を移して同じことをした。  祖母はマサガマの目をみつめて、「マサガマ マーブイヤキチヤクトウ、イダウプヤカプドゥイリヨー(マサの霊魂が戻ってきたから、大きく成長しなさい)と言い聞かせた (言霊入れした)。その晩から不思議に泣かなくなった。それから日に日に元気になった。今日まで大きな病気をすることなく、東京で定年まで教員を勤め上げてなお元気でいる。

 トゥマイの浜でマーブイユシをしたのは、その子が前日遊んだ場所だからでしょうか。抜けた場所で寄せるのか、それとも寄せる場所は海と決まっていたのでしょうか。沖に向かって叫ぶ祖母の姿は真剣そのもので、こうした光景が何十年も前にはあったことを思うと、いとおしくなります。

 ここにいうトゥマイ、ナーバマ、ユバマは、映画『めがね』のあの浜なのだと言えば、与論に来たことがない人もその絵を想像できるかもしれません。
 

(マーブイユシその2)
 トゥラの長女が三歳の時、その母親は急逝した。葬式のとき親子の永遠の別れになるからということで、出棺前に、ふたを開けて顔を見せた。とたんに「わあ!」と大声を上げると同時に飛び退いた。そばにいた女の先生の首に飛びすがり泣きわめいた。女の先生が外へ連れ出してあやしたが泣きやまなかった。トゥラは余計なことをしたと後悔した。葬式が終わってもその先生から離れようとせず、手を焼いた。

 与論に帰ってきてある晩、その長女が夜中いきなり飛び起きて、夢遊状態で泣きじゃくった。何をどうしても泣くばかりである。翌日の夜も同じ状態になった。祖母(私の母)が、「フヌワラビヤーマーブイヌガチャイ、マーブイユシシリバドゥナユイ」 と言った。

 翌日、早速おむすびを作り、ソイ(竹製のざる)に入れてトゥマイの浜に行った。「ワー雅子マーブイハックーヨー(私の雅子の霊魂おいでよー)」と言って海に向かっておにぎりを投げた。場所移動をして繰り返した。隣のナー浜へ行って同じことをした。雅子に「よし、もう雅子のマブイを呼んだから、心配ないよ、大丈夫」と行って抱きあげた。トゥラは雅子に「おんぶして帰ろう」と言っておぶった。

 その晩からぐっすり眠り、二度と泣くことはなかった。母は、祖母がしたような「マーブイユシ」をした。与論での昔のマーブイユシは、祖母のやり方と違って、ヤブを頼んで家でしたと伝え聞いている。祖母が北の海に向かっておむすびを投げたのは、昔日本各地であったという「魂呼ばい」が北に向いてしたからだろうか。それとも、海の彼方のニライ・カナイ信仰からだろうか。おむすびはご馳走なので魂も欲しがるそうである。父や私は、祖母や母がすることをただみているだけであった。皆さんは、俗信だと一笑に付すだろうか。
               平成十九年四月記(『ドゥダンミン3』竹下徹)

 笑うわけがありません。つい数十年前にも、魂が身体を抜け出して自然につくことがふつうにありえた与論の世界の奥行きがいとおしくなるだけです。いまはいまで、ぼくは自分に与論(ユンヌ)のマーブイユシをしたくてなりません。



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