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2008/03/24

サーシマグトゥ

 サーシマグトゥは「逆さごと」のことだと思う。

サーシマグトゥ(逆さまこと)
 親友以上の付き合いをしている人が、危機的状態を脱して元気に退院してきた。父親は早くに他界し、高齢の母親が人一倍慈しんできた息子だった。横着者のトゥラは、そのお母さんに「サーシマグトゥ(親より先に子が死ぬこと)にならなくてよかった」と言ってしまった。
お母さんは一瞬戸惑い「ガシティボ(そうなんだよ)」といった。トゥラは悪戯の過ぎたと後悔したが後の祭。快気祝いの酒がまずかった。

 その一年数か月後、こともあろうにその友が急死した。トゥラは、母親にかける言葉なく、顔を見ることもできなかった。数十年後の今はそのとき言った言葉が、針になって心に突き刺さったままである。

 サーシマグトゥとは、死や死にまつわることである。①あの世はこの世の逆さまで、サーシマグトゥと忌み嫌われる。着物を裏返しに着たり、えりの前あわせが反対であったり、北枕にしたり、ちょっとしたことでも気にする人は忌み嫌う。②子が親に先立つことは順序が逆でサーシマグトゥの最たるもので、親不孝の最たるものである。(『ドゥダンミン3』竹下徹)

 サーシマグトゥは葬儀での「逆さごと」が、日常的な言葉として定着したもののように見えます。ところがその中でも、「子が親に先立つこと」をその最たるものとして取り出しているのは、この島の個性でしょうか。

 サーシマグトゥについて、

三途川(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)

賽の河原は、親に先立って死亡した子供がその親不孝の報いで苦を受ける場とされる。

 という解説を参照して、これを本土への仏教流布後に与論にも伝わったものと見なせば、その歴史は比較的浅いことになります。しかし、サーシマグトゥを、「子の苦」というより「親の痛み」として受け止めているのは、与論的な受容の仕方のようにも思えます。今回の『ドゥダンミン』エッセイもそうですが、子に先立たれることの多かった背景を想像すると、サーシマグトゥという言葉が痛切に響いてきます。

 「サーシマグトゥ(逆さごと)」の琉球弧の分布を知りたくなりますね。



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コメント

おはようございます。
厳格な方は、「サーシマジー」
反対の作法を忌み嫌うので、神様ごとなどでは気をつけて子孫が覚えて伝えていったのでしょうか?
 方言の伝承は、
このようなお話として伝えた方が、本当の価値があると兼ねてからおもっていることです。
 方言を語彙でのこすだけでは、
英単語を丸暗記するに過ぎなく思えます。
 このように、その裏にある、心を残したいものです。

投稿: わらび | 2008/03/25 05:19

わらびさん

そう思います。口承でしか残せなかったからこそ、知恵の詰まったものになっていると思います。与論言葉語りの神話、民話集が豊富にほしいところです。それと、うふ、ぱーぱーたーのむぬがったいですね。

投稿: 喜山 | 2008/03/25 08:31

クオリアさん

「サーシマグトゥ」は、ガシ、ガシガ・・・という
ユンヌの島特有の「ガシ語」の語源に繋がる言葉、
ムヌガッタイなどの口承伝承のキーワードにも思え
るのですが、うがちすぎるのも「?」ですかね

投稿: サッちゃん | 2008/03/26 19:01

サッちゃん

ガシ語自体も面白いですよね。ガシは「肯定」、ガシガは「逆接」になるので、ガシは標準語の「そう」に該当するように思えますが、「そう」とは似つかず異系統の言葉にも見えます。

「サーシマグトゥ」がキーワードというのは気づきませんでした。

投稿: 喜山 | 2008/03/27 09:05

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