« 多神教的な宇宙としての琉球弧 | トップページ | 引き裂かれる奄美 »

2008/03/29

高神としての御願

 まず、「高神=垂直神型」についてです。高神(たかかみ)は、「いと高い所」にいる神で「天」の考え方と結びつくことも多い。そこで高神について考えるときは、垂直軸が浮かんでくる。そしてその神に人間が祈るときには、人間の心は「いと高き所」を目指し、神は「山の上や立派な樹木の梢に降下してく」ると考えられています。

 高神は、琉球弧ではどういう現れ方をしているでしょうか。

 沖縄に行きますと、どこの村にも「御獄」という森があります。とても静かな森です。熱帯性の植物が両側に生い茂る薄暗い小道をたどって、森の奥につきますと、そこにはこぢんまりとした明るい空間が開けます。明るい子宮とでも言いましょうか、なにか柔らかい霊的な膜によって、現実の世界から隔てられた空間の内部に、包み込まれているような印象です。  日本本土の神社と違って、そこにはなんの建物もありません。珊瑚の石を敷き詰めて、ただ簡単な香炉などが置いてあるだけです。ここで女性の祭祀者であるノロたちが、「御嶽の神」との交信を図ります。同じようなタイプの神は、南島の島々のいたるところにいます。違う名前で呼ばれていて、それがどういう神なのかということに関しては、驚くほどの共通性を見せています。

 そうした「御嶽の神」は、島の人々によってつぎのように考えられている神なのです。
(l)「御嶽の神」は、一年中いつもそこに常在している神である。
(2)そのおかげで、村の生活を滞りなく続けていることができる。もしこの神が一瞬でもいなくなれば、人間の社会生活は一時たりとも続けることができない。「御嶽の神」はこの世の秩序を保ってくれているのである。このタイプの神のいない世界は存在しないのであるから、どこかからやってくるという「来訪型」の思考は生まれようがない。
(3)「御嶽の神」ははっきりしたことは言われたことはないが、とにかく「いと高い所」にいまします「垂直型」の神である。
(4)その神は像で描かれることがない。完全な無像性を特徴としている。ノロたちに「あなたがお祀りしているその神様はどんなお姿をしているのですか」などと質問しても、笑って答えてくれないケースがほとんどで、答えてくれたとしても「まぶしい、光みたいな」といったまるでイメージ性に乏しい抽象的な答えしか返ってこない。これはノロたちが神秘めかしているせいではなく、もともと表現可能なイメージ性がこの神にはないのである。感覚的には、恐ろしく簡素・簡潔で、この点では本土の神道の神とも、深い共通性をもっている。(『神の発明 カイエ・ソバージュ〈4〉』

 沖縄の「御獄(ウタキ)」に対応しているのは、与論の御願(ウガン)です。「森の奥」というほどの森は与論には無いので、そんな立地はなかなか得られないのだけれど、「明るい子宮」とでもいうような「こぢんまりとした明るい空間」であること、そこには建物もなく、「珊瑚の石を敷き詰めて、ただ簡単な香炉などが置いてあるだけ」という簡素な佇まいは共通しています。

 与論島には、各字のところどころに、神聖な小高い丘があって、そこには樹木がうっそうと繁り、中は昼間でもうす暗くなっている。そこは、神霊の宿っているところだと信じられ、その小丘全体をばいわば一つの神体として、あがめ奉るということをしていた。その聖地を「ヲゥガン」または.「ウガン」 といっている。
 「ウガン」という語は、ヲゥガミ(拝ミ)、という形から変化して生じたものか、あるいは、神霊をヲゥカ(またはウカ)といっていたため、樹木の繁った小丘の中に神霊が宿っていると信じて、ヲゥカヌ(神霊の)という語が用いられ、それから変化して生じたものか、今のところはっきりした決め手はない。「ウガン」という所は、要するに、拝むところであり、神霊の宿るところである、と信じられた場所である。
 ウガンの樹木は、一本でも伐ることはできないのはもちろん、枯れて落ちている木の枝も葉も、叩-本でも取ることは禁じられている。また、勝手に中に踏み入ることも許されない。それほど神聖な場所だと信じられている。アマグイ(雨乞い)は、たいてい「ウガン」の場所で行なわれていた。(『与論島の生活と伝承』山田実

 樹木信仰につながるところ、御願の神は高神としての性格を持っているように見えます。ただ、「神が一瞬でもいなくなれば、人間の社会生活は一時たりとも続けることができない」という緊張度が、御願の神にあるのかどうか、ぼくには分かりません。

 ウガンには、「ムヌ」がひそんでいると信じられている。「ムヌ」という語は、幽霊、妖精、鬼神、邪鬼、魔物という意を表わすほか、ふしぎな霊威を持つ力のあるもの、という意にも考えられている。それで、「ムヌ」のひそんでいる「ウガン」には、恐れて誰も立ち入ろうとしないのである。しかし、そこで雨乞いをすれば効果があったので、雨乞いの場にも用いられていたのである。
 ウガンに対するそのような信仰心をいだいていたから、神霊の崇りを受けないため、祭を行なっていたようであるが、どういう方法の祭であったかは伝わっていない。(『与論島の生活と伝承』山田実

 中沢新一の多神教の宇宙によれば、それは高神、来訪神、残余のスピリットに分かれて存在しているので、仮に御願(ウガン)の神を高神だとすると、そこにムヌが潜んでいると言うのは面白いところです。ムヌは多神教宇宙のなかでは、「残余のスピリット」に当てはまるものです。三つの構成要素として多神教宇宙ができたとき、与論では、高神と残余のスピリットは、はっきり分離することができずに、原初の姿を引きずったとでもいうのでしょうか。

 アアサキウガンは、与論島の最初の開発祖神である、アマミクとシニグクの両神が、与論島に来島して、ショオヌ宮(御屋)に居住する前に、暫時居を構えた仮りの居所だった、というふうに伝えられてい。ティラサキウガンとクルパナウガンは、アマミクとシニグクの両神に遅れて、与論島に開発祖神として上陸し、居所を構えた地点だと伝えられている。クルパナウガンに居住した神は、オーシャンガナシだったと伝える古老もいる。そのような由来に基づく神聖な場所であるから、シニグ祭との関係が生じたのであろう。
 与論島のウガン信仰は、きわめて古い時代から行なわれてきたようである。古神道の流れに基づくものであろう。明治四年に入って、琴平神社の鎌田常助神主の提案により、全島のウガンが、常主神社に合祀されるようになったため、同年に各地のウガン祭は廃止されたのである。(『与論島の生活と伝承』山田実

 アマミクとシニグクと関係があるところは、御願(ウガン)の神が高神に属することを物語っています。高神の考え方を手にすると、それが高神であるがゆえにシニグ祭との関係が生じたと、ぼくたちは言うことができます。また、高神であるがゆえに、より上位の高所を想定している神社が登場したとき合祀されるという点も、高神的であるように見えます。



|

« 多神教的な宇宙としての琉球弧 | トップページ | 引き裂かれる奄美 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/40642634

この記事へのトラックバック一覧です: 高神としての御願:

« 多神教的な宇宙としての琉球弧 | トップページ | 引き裂かれる奄美 »