産む島・帰る島・逝く島
奄美に「ふるさと」を見出した山川さんのエッセイによれば、「ふるさと」とは出会うものだ。
迷ったとき、頭がいっぱいでどう進んだらよいのか分からなくなったとき、私は必ず思い出す。海辺の砂を裸足で歩いている自分。足を包み込んでいく砂の柔らかさ。ぬるい水。潮の色。風。森の中の絡み合う木々の枝。そして、さまざまな問題を抱えながらも、その日にできることだけを精一杯にする人たち。それはユートピアではない「ふるさと」の、私が知っている限りの紛れもない現実だ。その現実を実感として思い出すとき、私は自分の足下を確認し、「ふるさと」に出会えたことに限りない感謝を感じながら、また顔を上げて歩き出すのである。
(「●『ふるさと』奄美●」山川さら)
「ふるさと」を持たない都市生まれの人にとって、「ふるさと」とは親と同じく宿命のようにあるものではなく、出会うものだ。そして、ふるさとに出会いたいというニーズは、都市の自然喪失の度合いが深まるにつれ、せりあがってきているように思う。
ぼくは、奄美のビジョンを、「南のふるさと島」としてイメージしている。
そして、その延長で、産むことと逝くことの受け皿を持ったらと続きをイメージしてきた。
山川さんのエッセイを手がかりにすると、「南のふるさと島」は、「産む島・帰る島・逝く島」と言うことができそうだ。
◆「南のふるさと島」-産む島・帰る島・逝く島-
◇産む島 (与論で出産したい。)
産婆さんに介助してもらい、波の音を聞きながら、自然のリズムのなかで子を産む。
◇帰る島 (年に一度か二度は与論で過ごしたい)
田舎を持たない都市生活者の故郷になる。たとえば、夏休みは必ず与論で子どもたちと過ごす。産まれた場所ではないけれど、故郷として与論に来る。
◇逝く島 (人生の最期は与論で迎えたい)
最期は、病院ではなく、家で逝く。もし、家族がいなくても、お世話する人が家に引き取ってくれる。
こんなイメージだ。
実際には、産むといったって、おいそれと与論にやってこれるわけではない。逝く、となればなおさらだ。
でも、こう標榜することで、「南のふるさと島」として独自の島づくりができる。また、「産む」と「逝く」をセットすることで、「帰る島」の魅力づくりにも必ず反映されてくる。
与論島や奄美は、その自然として、その人柄として、「南のふるさと島」の要件を備えているのではないだろうか。沖縄の乱開発が止めば、琉球弧全体で標榜できるものになるかもしれない。
ということで、与論・奄美(琉球弧)ビジョン私案。
「南のふるさと島」-産む島・帰る島・逝く島-
この構想を自分のなかのイメージだけれど、育てていきたい。
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コメント
壮一、俺らもそろそろ味のある年頃になってきたぞうー、、、愚だ具だ言わんで早く島に帰って住民税ちゃんと払って原点、原人に帰ろうぜー、、、茶花小の
同級生
投稿: 同級生 | 2008/02/14 21:47
ションティボヤー、ワンナガガンチムーユイ。
ガシガ、ニャーアマクァー、フマノーティ、キバイバドゥ、ナユイギサイチョー。
タンディ、ウロータルゲーラ。ハタティタバーリ。
投稿: 喜山 | 2008/02/14 22:20
ムカシン、二ャマイン、シップルヌ 生次エイシガ、、、壮一、元気そうだネー。壮一の島フトゥバ喋っている印象が無いんだけど上手だネー! おりあえず、、、 SEIJI HARA
yoron@earthlink.net OR yoron@adelphia.net
投稿: 同級生 | 2008/02/15 04:53
はらはらさせたセイジさん コメントありがとう。
島外で活躍している方からのコメントは
とても嬉しく、ブログノの楽しみと励みになります。
マンゴー栽培に頑張っています。
投稿: わらび | 2008/02/15 05:29
生次、声かけてくれてとおとぅがなし。懐かしい。
昔は島フトゥバ、はい、しゃべってなかったです。
黙って身体に染み込ませてました。(^^)
あとからメールしますね。
投稿: 喜山 | 2008/02/15 18:18