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2008/02/12

奄美の想い寄せ

 この本をやっと手にすることができた。アマゾンで注文するも上手くいかず諦めていたが、著者のサイト「あまんゆ」で注文の受付が始まったので、我先にと申し込んだのだった。

 ◇ あまんゆ

 手にとってみて驚いたのは、てっきり四六判のふつうの書籍と思っていたのに、これは菊判というのだろうか、大きな本だった。しかも、濱田康作さんの写真も入っている。この本、『ムンユスィ』は、濱田さんの作品をはじめ、多彩な表情の奄美の写真を背景に綴られた山川さんの奄美紀行文だった。

Munyusy














(山川さら、しののめ出版、2004年)


 「観光情報とは違う奄美の入口へ」と帯にあるように、「暮らしの中の神々」、「大島紬」、「死と再生」など、奄美の内側に入った世界が描かれている。そしてその視線はとても自然で、奄美のなかに融け入っているように見える。島の外の価値観から島を分析するのではなく、また、島の内の者に見做してくれないと弾き出されるのでもなく、島の外にあっては島を想い、島の内にあってはすぐに島人に溶け込む、そんな、たまたま出郷の境遇にあるような視線なのだ。

 この視線はどこから生まれたか。

 東京生まれで親類縁者に奄美出身者のいない私と、奄美との出会いは、10年ほど前になる。そのときは、徳之島のある果樹農家に当時保育園児の娘としばらく居候し、農作業、食事、洗濯、寝たきりのおばあの世話、できることは何でも手伝わせてもらった。訪れる先が徳之島から奄美に移っても、このときの「シマで暮らす」という体験をさせてもらったことが、いまの私の視点をつくっている。

 「居候」と聞いて、なるほどと思うところがある。そうか、これは「居候」の視線なのか、と。ただ、居候と言っても“高等遊民”を決め込んだのではない。「何でも手伝わせてもらった」とあるように、山川さんはこのとき、島の人になりきる経験を持ったのだ。

 だから、山川さんはこうも書いている。

私の歩みはまだ始まったばかりだ。これから奄美のどんな姿が見えてくるのか。自分がそれをどう受け止め、どう表現していくのか。私にとっての奄美が、なぜ〈行く場所>ではなく<帰るところ〉なのか。その答えは、まだ清明な姿にはなっていない。

 そうか、と再び合点する。山川さんは積極的な帰省者なのだ。というか、故郷を奄美と積極的に決めた人なのか、と。

 たとえば、ぼくが与論島を故郷だいうとき、そこには、島出身者で島ホームシックであるという過剰な思い入れもあるが、それがどうしてもそうで、他にはありえないと感じるのは、与論島で得られるものが他では決して得られないという交換不可能な感じを持っているからだ。だから、ぼくにとって与論島は、積極的に与論と言わなくても、どうしようもなく刻印されたものとしてある。

 ところが東京を出身に持つ山川さんが、東京に抱く感触は交換不可能な取り替えがたさを持っていない。都会の人が故郷がないというとき、それは、交換可能な場しか知らないことを言っている。山川さんは偶然か必然か、奄美に魅入られた。そしてそこを「帰る場所」と思うまでに想いを育んだ。積極的に、奄美を故郷と見做したのだ。

 この、積極的な帰省者である山川さんは、積極的になれることと帰省できることの強みを生かして、とかく矛盾しすれ違う内部からの視線と外部からの視線をどちらかにひきこもることなく広場に持ち出すことに成功しているように見える。奄美の価値を奄美の内と外の人に伝えることができている、ということだ。

 それは素敵なことではないだろうか。

 ああ、ぼくの紹介文はつい骨ばってしまう。いっそ本書の一節を紹介しよう。

海と人を結ぶイノー

 陸から海を見ると、波頭の立つ場所がある。それは、サンゴ樵のある場所だ。
 泳いでいるときに「あそこから先へ行ってはいけないよ」と言われたことがある。その先は、急に深くなっていたり、潮の流れが変わったりして、危険だから、というのだ。つまり、サンゴ礁の向こうは「別の世界」なのである。
 人が普通に入れるのは、サンゴ礁の内側。ここには、干潮時にサンゴ礁の原っぱのような風景が現れる。これを干瀬(ヒセ、ヒシ、ピシ、ピシバナなどとも呼ぶ)といい、干瀬にできる潮だまりをイノー(礁池)という。イノーは、海の世界と人の世界が交わる場所だ。

 場所によっては、石で囲まれた棚田のようなイノーもある。その棚田の中を覗いてみると、敏捷な小魚が身体をくねらせてスッとどこかへ隠れたり、ナマコが伸び縮みしていたり、ほんの一瞬、カニの動いた気配が感じられたり、「だるまさんが転んだ」でオニが振り返ったときのように、貝がピタツと動きを止めたところを見るようなことがある。
 イノーは、豊かな恵の場でもあり、心躍る遊び場でもある。ときどき、息を凝らしてジッとしていると、カニや貝が動く。その一瞬に、こちらも動いてみせると、慌てて姿を隠したり動きを止める。その繰り返しは、無心に帰るときとなる。
 古代の人も、ここで狩りをし、遊んだことだろう。イノーはそんな想像力までも刺激してくれるのである。

 奄美を奄美らしく、琉球弧を琉球弧らしくしている大事なひとつはイノーだ。山川さんもイノーに魅せられる。とはいえ、山川さんは漁師にはなれない。代わりに童心に返って人と動物が同居していた時代の感受性に近づている。言ってみれば、旅人が子どもを介して奄美への帰省者になる瞬間だ。

 どうやら奄美から山川さんへのムンユスィ(想い寄せ)は成功した。そして、この本のぼくたちへのムンユスィ(想い寄せ)も、望めばすぐに手にすることができる。こういう作品が出るということ自体、それは奄美の豊さのひとつだと思った。




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コメント

喜山さん、すてきな紹介文、ありがとうございます。

ちょっと訂正。写真は康作さんから9点、ほか知り合いから8点ほど借りていますが、それ以外は私が撮影したものです。

「居候」の視点。なるほど、そうかと自分で納得しました。

投稿: sarah | 2008/02/13 11:48

sarahさん。

写真の記述、失礼しました。

子どもたちの表情も、老男女の佇まいも、植物達も鳥も、あの素顔な感じがいいですね。

投稿: 喜山 | 2008/02/13 22:29

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与論島クオリアさんが「奄美の想い寄せ」として『ムンユスィ』の紹介をしてくれました。 「居候」と聞いて、なるほどと思うところがある。そうか、これは「居候」の視線なのか、と。ただ、居候と言っても“高等遊民”を決め込んだのではない。「何でも手伝わせてもらった」とあるように、山川さんはこのとき、島の人になりきる経験を持ったのだ。  だから、山川さんはこうも書いている。 私の歩みはまだ始まったばかりだ。これから奄美のどんな姿が見えてくるのか。自分がそれをどう受け止め、どう表現して... [続きを読む]

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