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2008/01/25

ダイナマイト漁と毒物漁

 昔、一部の漁師のあいだでは、道路工事用のダイナマイトを使った漁が盛んに行われた。

 当時は今のブルトーザーなどの土木建設機械がなく、タガネとハンマーで直径3センチ深さ60~90センチ程度の穴を削り、そこにダイナマイトを吊るして入れ、粘土を詰めて爆破させていた。ダイナマイトの管理は結構ずさんで、工事が終わったところから不発のダイナマイトを拾ってきた友達もいた。導火線(電気式)には銅の細い針金が使われていて、その線が欲しくて爆発後の現場に競争で走っていたこともある。それをモーターを作る材料に使うのだ。

 ダイナマイト漁は火をつけた導火線を自作していたようで、その導火線の長さで爆発深度のタイミングを計った。最初に一人が海に飛び込み、魚のいる深度を目測し爆発深度を決める。タイミングを間違えると危険ということだが、実際、死傷事故も起きていた。終戦直後もダイナマイト(爆弾)漁は盛んで、その時は不発弾を使ったそうだ。

 ◇◆◇

 観光ブームの前には毒物の漁が盛んになっていた。本来、毒物は容易に手に入るものではないが、田んぼの害虫用に使われていたものが流用されていたようだった。

 少年は、ひとつ自分も漁をしたいと思い、何とか手に入れて早速友達を誘い海に出かけた。獲れるは、獲れるは。その威力にはビックリした。エラと内臓をとれば人間に害はないという大人の話を聞いていたので、取り除いて友達と二人で焼いて食べた。たいした量を食べることが出来ない、でも持って帰るとバレルから、惜しいと思いながらも捨てて帰った。毒物はズボンのポケットに入れたまま帰り、慌てて裏の藪に捨てた。しかも素手だった。今思うとぞっとする。

 3月3日、あちらこちらのハタマ(リーフの周辺にある池になった溜まり)で毒物漁が行われていた。次第に満潮で潮流も早くなる頃、ワタンジを渡れるぎりぎりまで居残ると大物が獲れる事があった。浜に上がった後、海面をバタバタとのたうちまわって飛び跳ねるでっかい魚を目にすることも多かった。

 毒物漁は、観光発展の為に販売を止めようとの自主規制で幕を閉じた。

(聞き書き 与論昭和史)


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