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2007/12/17

冬の東京の奄美談義

 『奄美諸島史の憂鬱』の高梨さんが、シンポジウムに参加するため上京すると聞いて、お会いさせてもらった。

 そして夏に続いてまたまた、夕方から深夜まで、奄美談義なのであった。
 昼間の陽射しはまばゆいほどだったのに、夕方には冷たい風が肌に刺してくる、すっかり冬の夕暮れだったが、話す中身は、あくまで南の島のことだった。いや、そういえば昨日は、南の島と東北の共通性も話題になったっけ。奄美のブランドづくり、薩摩、道州制、考古学における縄文期の成果、市町村合併の弊害、子ども、などなど。日ごろたまりにたまった話したいことをぶつけ、そして聞かせてもらった。

 お会いするのは二回目というのに話は弾みに弾む。日ごろ、ブログでコミュニケーションしている下地があるからなのかもしれない。ぼくは楽しいことを楽しいといい。苦しいことを苦しいと言っていた。考えてみれば、率直にそう言わせてもらえるのは幸せなことだ。

 高梨さんの心遣いに感謝したい。いつか名瀬でお会いして、恩返しをしたい。


追伸
ちょっと話し足りないと思っているのは、「よろんの里」の店長さんが有泉片手に隣に座ったからかもしれない。(^^;)




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コメント

楽しい夜、おいしい料理をありがとうございました。

>ちょっと話し足りないと思っているのは、
>「よろんの里」の店長さんが有泉片手に隣に
>座ったからかもしれない。

そうかもしれません(爆)。
新極真会の話で盛り上がるとは思いませんでした。
すみません。

本当にいろいろお話できましたね。
忘年会ができて何よりでした。
忘年会というよりは、迎年会という感じの
お互いの話ができて、本当にうれしかったです。

「よろんの里」でお会いしたおかげで、
祖母と父の墓参まで果たすことができましたし。

ありがとうございました、喜山さん。

投稿: 高梨 | 2007/12/21 00:21

高梨さん

忘年会というより迎年会。
本当にそうですね。
新しい年、よい年にしましょう。

こんど、わたしも高梨さんのご先祖様に手を合わせたいと思います。

投稿: 喜山 | 2007/12/22 11:21

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