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2007/12/01

薩摩とは何か、西郷とは誰か 3

 「郷士制度」は藩国家の支配の共同意志をあまねく貫徹させるとともに、偏武的な戦闘集団が遍在することにより藩国家を独立圏としたのである。こうした特異な藩国家形態の欲望がどこにあるのかと言えば、それは薩摩の藩国家が江戸幕府の国家と対立し対峙する契機をもっていたことにあると思える。薩摩の藩国家はむろん江戸幕府の国家に従属していたのであるが、島津氏は外様大名であり国家の権力にたいして親疎の度合が最も<疎>にぶれていたということと、薩摩は国家の地理的な版図からみても<端>に位置していたという二重の関係を媒介して、薩摩は江戸の国家権力に拮抗する国家意志をもったのである。

 なぜ藩としての薩摩は、このような政治形態を採ったのだろうか。武士による地域共同体の直接支配と強固な藩境界の防備による独立圏の形成という二重の権力意志には、過剰な緊迫感の感触がある。このことについて、過剰な武士の存在が直接支配を要請し、江戸幕府の国家権力に対抗する契機を産んだと答えるのは現象的な理解にすぎない。この理解では、薩摩にみなぎっている緊迫や大上段的な構えについて触れることはできないと思える。

 そう考えるとき、俺たちはやはりここでも<こわばり>の感触に突き当っているのだ。そこで俺たちは言うことができる。この薩摩の藩国家は、<こわばり>の政治形態である。武力の遍在による独立圏の形成は江戸幕府の国家権力にたいする<こわばり>を表現したものであり、藩国家の内部にあっては衆庶にたいして<こわばり>、かれらから農耕社会の牧歌を奪い、そうすることで<こわばり>の体現者である武士階級を維持したのである。

 この衆庶にたいする<こわばり>を最もよく示しているのは、浄土真宗(一向宗)の禁制だと思える。国家としての薩摩は、なぜ、全国的なキリスト教の禁制に加え、浄土真宗(一向宗)を禁じたのだろうか。なぜキリスト教禁圧に優る苛烈さで弾圧に臨んだのだろうか。例えば『鹿児島県の歴史』の男は禁制の理由として流布された諸説にたいしていずれも信拠し難いとして、「一向宗禁制の真因は、一向宗の教権第一主義が、往々にして領主権力の軽視にまで発展するのを忌み嫌ったせいだと考えられる」と述べている。だがこうした説明で納得することはできるだろうか。これでは、なぜ、それなら他の領主権力もこぞって同様の禁制の措置を選択しなかったのかが了解できなくなるのであり、せいぜいがまたぞろ島津氏は賢明だったからというお国自慢的な解釈を得るに止まるのであり、この解答は、次の疑問を必然的に招き寄せるものにしかなっていないと思える。つまり、何も言ってないに等しいのである。答えるなら本質的に答えるべきだ。

 国家としての<薩摩>が浄土真宗を禁制にしたのは、浄土真宗の根本にある、楽な姿勢、やさしい行いという考えに、敵の臭いを嗅いだからなのだ。楽な姿勢、やさしい行いは、<こわばり>の論理とは最も相容れないものだからである。つまり、<薩摩>が<浄土真宗>の姿勢に<こわばった>のである。また、このことは<薩摩>が「実際的武断」という評言を得、また自身たちでも行動性を重んじ観念論を忌むと評価している中味についても教えてくれる。ここで、観念論を忌むと言われているのは、観念を軽視しているというのではなく、正確に言おうとすれば、観念を忌避しているのである。つまり、人間の思惟の普遍性、政治的な不自由下にあっても観念は自由でありうるということへの恐れ、敵意がここにはあるのだ。同様の言い方をすれば、<薩摩>は、観念における人間の普遍性にたいして<こわばった>のである。
(『攻撃的解体』1991年)

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コメント

 砂浜のことです
すんだことでしょうが、盛窪さんがメーバル
(前浜)の話をしていました

 真面目な話のつもりです
地球の自転でアガリ(東)方に廻る時は海に
向かって右に砂は吹き寄せられるのでは…

 イン(西)方に向かって回転している時の
前浜はシゴウの崖があるため吹き戻しがない
のかと思われます

 他の砂浜は右へよったり、左へよったりで
揺り戻されているはずです

 数多いユンヌの砂浜のことですから、こう
いう見識にも一理はあるかと思っていただけ
れば幸甚です

 思いつきですが、与論島の奥の深さは気象
学的にも、地理学的にも興味津々ですね

 少しはずれたコメントですみません

投稿: サッちゃん | 2007/12/02 00:05

サッちゃんさん。

本当ですね。盛窪さんも右の砂に注目しているので、そんな作用はきっとあるのですね。

与論島は、砂の揺り戻しのなかで、揺れる島でもありますね。

投稿: 喜山 | 2007/12/02 21:10

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