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2007/11/26

野郎自大で我田引水なKY

久しぶりに野郎自大という言葉を思い出した。
野郎自大で我田引水なKYである。

「日本人の中で最も尊敬され、
そして人気のある歴史上の人物は誰かと問われると、
ほとんどの人が西郷隆盛と答えるだろう。」

いきなり、これである?
また、こうも言う。
いまは再び国家存亡の危機にある。
日本史上、最大の危機の中にあるのではないか。

だからこそ、「西郷隆盛、大久保利通、島津斉彬、
そして薩摩を今見直し、学び、
自分たちを変えていかなくてはならないのである。
偉大なる薩摩の英雄たちの人生を知り、
薩摩の教育と精神を知り、
今に生かさなくてはならないのである」

この、首を傾げざるをえない立言に始まる
『薩摩のキセキ』は、誰に向けて、何のために書かれたのだろう。

国家存亡の危機において薩摩に学べと言っているのだから、
日本人に向けて、国家の危機を乗り越えるために、
ということなのだろうか?

だが、この書は、何も、なにも、現在に対して、
投げかけるものを持っていない。

ここにあるKYは何だろう。
あまりに時代錯誤的なので、過去にネタを求めれば、
萩本欣一の「あ~勘違い」というべきものだ。

ぼくは、薩摩の思想は、
明治維新から一歩に外に出ていないと批判してきたが、
『薩摩のキセキ』は、
一歩も外に出ないどころか、
微動だにしていないことを思い知らされた。

不動のままであることが、
薩摩の思想や西郷の絶対化を生み、
冒頭の、KY立言を生むのである。

不動といえば聞えはいいが、
要は、130年もの間、
自らの思想を自問自答し、
鍛え上げることをしてこなかったのだ。

『薩摩のキセキ』は、そのいささか情けない告白になっている。

 ○ ○ ○

しかし、ぼくはゆめゆめくさすためにこの本を読んだのではない。
それほど暇ではない。
だから、せめて南島に対し、この本がどう触れているのか見てみよう。

  藩は、西郷は月照とともに死んだとして幕府に届けたうえで、
  名を菊池源吾と変えさせて、奄美大島に潜居させた。
  それから始まる三年間の島の生活は、
  その後の西郷の人生観、政治観に大きな影響を与えることになった。

  一つは、一般の庶民の生活がいかに苦しいかをいやというほど
  知ることになったことである。
  二つには、一種の人生の敗者としてのつらさと政治権力の非情さを
  わかったことなどである。
  これらが前述の庄内藩の人たちへの思いやりとしてあらわれたり、
  明治になって政府高官や役人たちが
  ぜいたくな暮らしをしているのが許せないと思ったりすることに
  つながったのであろう。


  しかし、西郷は「二人が死ねば天下の大事は誰がするのだ。
  薩摩と日本の行く末のために生き抜こう」と逆に説得したのである。
  大久保は自らの日記に、「安心した」と書いている。
  これは、自分の国事に関する大仕事も続けられるし、
  西郷にも必ず必要とされるときが来るとの思いからだっただろう。
  こうして、西郷は再び島流しとなり、
  今度は徳之島、ついで沖永良部島に送られた。

  前回の島での生活でもそうであったが、今回の島流しの間も、
  西郷は島の人たちに助けられ、愛をもらった。
  「敬天愛人」の思想は、
  こうした実体験から不動のものとなっていったのである。
  (『薩摩のキセキ 日本の礎を築いた英傑たちの真実

これを見ると、父、原口虎雄とは異なり、
南島を、「母なる奄美」と評した、
息子、原口泉を思わせる。

西郷隆盛の「敬天愛人」に、
南島の人々の愛情が寄与したと、
そういう言い方が、
「母なる奄美」との通底を感じさせる。
それは、確かにかつての態度とは異なる。

しかし、「一般の庶民の生活がいかに苦しいか」
というように、南島の人々は「一般の庶民」のもとに同一化されている。
ここは変わらない。ほっかむりをしているのだ。

ぼくは以前、薩摩の琉球侵攻を、
「強者が近隣の弱者を食ったまでのこと」と言ってのけた
原口虎雄について、「感性の死者」と評した。
これを使えば、この間の変化は、
「感性の死者」から「KY」へと言うべきものだ。

 ※「母なる奄美」

 ○ ○ ○

薩摩の思想は対話を欠いている。
生きた現在との対話である。
その欠如が、130年前の行為や言葉を、
無媒介に生のまま、
現在の規範として出して恥じないKYを生むのだ。

薩摩の思想は、現在、何が生きられるのか。
自身に対して問わなければならないのである。

薩摩を語るのに、西郷と大久保と斉彬を持ってする。
それは130年前から変わらない。
そして、それだけでは足りない意識が、
稲盛和夫の推薦文と『バガボンド』や『スラムダンク』の
井上雅彦の装画という派手?な布陣を敷かせている。

なぜ、薩摩の思想は、
自身を語るのに、偉人を持ってするのだろう。
なぜ、シラス台地に、「のさんないねぇ」とあえいで耐えてきた
衆庶の場所から、思想を鍛え直そうとしないのだろうか。

『薩摩のキセキ』は肩透かしを喰らわせる。
この、肩透かしに、ぼくはほんの少しだけ立ち止まる。
こんな情けなさでは困ると思うからだ。


 つづく



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