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2007/11/23

与論砂浜三十景 33 ハニブ

与論の砂浜めぐりは、とうとうハニブ(兼母)に辿り着いた。
ここはもう、人工施設を入れずには撮ることができない。


Hanibu



















与論島の西の端、日の入りの舞台である。
『無学日記』の池田さんにとっては、漁の舞台だった。

  三十六章 『昭和十三年 私は一人ハニブの海に行く』

  ナアーハニブから沖へ出てノーを下げティノーウするのである。
  その日は潮の流れが早かったしばらくノーを下げていると
  ミシバこブまで流れている。
  今日は魚は釣り上げることは出来そうにないと焦っているうちに
  とうとうイピヤーグチまで流されてしまった。
  その時潮はシャンシャン、ショウショウと音をたてイピャーへ向かって
  ものすごく流れているのである。

  驚いた私は島に向かって力一杯泳いだのである。
  一寸も前に進むことが出来ない、
  あっという間に遠い沖まで流されてしまった。
  その時俺は命はもう最後だと思った。
  それは兼ねてイピャーグチの沖には
  人を呑むフカがいるという話を聞いていたからである。

  私は島に向かっては全く泳ぐ事は出来ないからどうなるか 
  ヤンバルに向かって泳いだのである。
  そうするうちに少しづつ島に近づいて来る。

  フカが出て来ないかとあたりを見ながら「生懸命に泳ぐのである、
  とうとうペーハニブに近づいた。
  あまりにもイピヤーグチでイピャー向かって
  そびき出されたので自分が入った 
  ナーハニブには泳ぎ着く事は出来ず
  ペーハこブにようやく泳ぎ着く事が出来たのである。
  このよしうに潮の流れは恐ろしいものである、
  だから子供たちは人々や友達から
  話をよく聞いていなければならぬ。
  そして俺のような一人あるきの海はやってはならぬ。
  (『無学日記』池田福重)

ハニブからイヒャーグチから、
外洋に出て、ヤンバル(山原)に向かって泳ぎ、
やっとペーハニブに泳ぎ着いた。

なんとダイナミックなことか、
と、外洋に出て泳いだことのないぼくは思う。

すごいものだ。

この浜辺から海を見るとき、
そんな舞台でもあったことを忘れまいと思う。




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コメント

おはようございます。
無学日記のこの場面はリアルに思い出すことができます。
子供達に教えておきたいものです。
潮の流れに逆らって泳ぐのではなく、よぎって泳ぐか、
潮に乗って流れながら遠回りするかしないといけないようです。皆田の流れの速いところでも経験できます。
生活の知恵ですね。
この兼母の浜では何人もの方が溺れています。
プリシアが出来る前はいいデート場所でした。

投稿: awamorikubo | 2007/11/24 06:12

awamorikuboさん

「潮に乗って流れながら遠回りするかしない」。
ほんとうに生活の知恵ですね。
ぼくも知りたいです。

こういう意味では、与論はデートの場所は死の場所と重なっています。そういうものかもしれません。

投稿: 喜山 | 2007/11/25 08:11

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