« 与論砂浜三十景 24 メーバル | トップページ | 与論砂浜三十景 26 ハキビナ »

2007/11/15

与論砂浜三十景 25 ダリバマ

朝、宇和寺のフバマを出発して、
ティラザキ(寺崎)を前に、一度、高台の家に戻り、
それから再び動いて、トゥーシでお昼。
その後、プナグラ(船倉)でスコールに会って涼しくなったものの、
メーバル(前原)を過ぎた午後二時頃には、
ふたたび陽射しは強烈になり、
自転車をこぐぼくの疲労もピークになっていた。

坂の上の風葬跡を背に下っていくと、
出現した海岸を見て、ぼくはびっくりした。
与論らしからぬ荒涼たる風景が突然、現れたのだ。

与論にも、まるで他界に直結するかのような場所が
あるという驚きだった。

ダリバマだと思う。

Daribama

















Daribama2












Daribama3














その驚きと疲労で、
肝心の砂浜は目の端にしか見えておらず、
写真も砂浜メインになっていない。

けれど、いま改めて入り江をよく見ると、
ここは豊かな漁場なのではないだろうか。

ある意味で、今回の砂浜めぐりのなかでも
もっとも強烈な印象を残した場所だったのだが、
ぼくは入り江の右手の荒涼たる岩場に目を奪われて、
砂浜のさまを見据えることができなかった。

岩場の向こうの沖縄本島にも気づいてなかったかもしれない。

くたくたで、呼吸を整えて、
次に向かうエネルギーが湧いてくるのを待つしかできなかった。

こんどはぜひこの浜辺に下りてみたい。

その時、荒涼とした他界の入口にみえたダリバマは
別の表情を見せてくれる気がする。



|

« 与論砂浜三十景 24 メーバル | トップページ | 与論砂浜三十景 26 ハキビナ »

コメント

おはようございます。
一番下の写真の岩は私の秘密(希少植物)の場所です。
干潮のとき、このあたりをもう少し調べておきますね。
この付近の入り江に朝戸の原住民の上陸地があるとの思いに取り付かれているのです。
それが、按司根津栄伝説につながる糸くずを捜してみます。
秋分の南中と合わさった洞穴みつけておきます。

 お母さんの本宅の枯れ松がマツクイムシの防除で伐採されました。大型クレーンを使った大作業でした。
この時は、現役(役場)に帰りたいと思ってしまいました。
ダルバマとなっているが、ジャリバマとも・・・?
菊さんのは ダリバマでしょうか?
 確かに 上り降りは ダリル・ハンナ。

投稿: awamorikubo | 2007/11/16 05:21

awamorikuboさん

ウレーがおっしゃっていたのは、やはりこの浜だったのですね。
上陸がありそうな気配だなと、ぼくも思います。
次は、ここに降りてみたいです。

増木名のあの松も無くなったんですね。
ちょっと淋しいような。

浜の名はいただいた地図から読み取ったものです。
小さく、ダリバマと見えました。
読み違えているかもしれません。

投稿: 喜山 | 2007/11/17 10:06

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/16961952

この記事へのトラックバック一覧です: 与論砂浜三十景 25 ダリバマ:

« 与論砂浜三十景 24 メーバル | トップページ | 与論砂浜三十景 26 ハキビナ »