« 与論砂浜三十景 23 アーサキ | トップページ | 与論砂浜三十景 25 ダリバマ »

2007/11/14

与論砂浜三十景 24 メーバル

アーサキ(赤碕)から、浜辺は島の南側に移る。
南側に移ると、メーバル(前浜)にいたる間にも
ぼくの気づいていない浜辺もあると思うが、
砂浜のない海岸が続くようになる。

そして、メーバルまで来ると、
砂浜が断続的になるということともに、
もうひとつの特徴が現れる。

それは、ある意味で与論らしくない厳しい地形が現れ、
他界の雰囲気をかもし出すことだ。

メーバルもそうだ。
メーバル(前浜)の後背には、
風葬のある断崖が控えている。

心なしか、写真の雲もただならぬ気配を漂わせている。

Mebama1

Mebama2


















メーバル(前浜)は、池田さんの『無学日記』にも
たびたび登場してくる。

そして、『無学日記』の副主人公の海霊イシャトゥも、
メーバル(前浜)はよく出没している。

長くなるが、民話のように読めるので紹介したい。

  四十七章 『昭和二十六年旧九月九日 イシャトゥ に出逢う』

  隣の川上さん兄弟と三人夜の海に行った時の事である、
  場所は前浜とワタンジの中間である。
  川上さん達はデントウアイキで私はアヒョウ釣りである。
  あの二人はデントウを照らして泳いで行く。
  私も泳いでアヒョウを釣るつもりで来たのに
  ビュービューと吹いてくる
  北風に肌寒くなり泳いで行く事が出来ずに
  仕方なくハンバラに立っていて釣ることにした。

  ところが私の前五、六米から
  子供のような者が流れて行くのである。
  足が見えないだから流れるように見える
  そして向こうのバンバラに隠れて行く
  イシャトゥである事がすぐ判る、
  悪口さえ言わなければ良いとただ黙っていた。
  そしてあちらこちらへと餌を投げ込む、
  いくら投げ込んでも何の音沙汰も出てこない。

  イシャトゥと出会った時は
  ティクジワッサヌ ヌーン トウララヌという事は
  誰れもが判っている事である。
  だから今夜はもうだめだと友達が帰って来るまで座って待つ事にした。
  そしてあれ達の着物のそばに座っていた。

  初めはどうもなかったのにあのクソは私が今座っている所から出て
  来たと思えば、ここはあいつ(イシャトゥ)が
  家であるという事がわかり、
  イシャトゥは今自分のそばにいると、こう思うのである。
  そう思ったら急に ヒィプチキ ムイティキチ 
  とても怖くて怖くて座っていられない。
  あの二人はいくら待っても帰って来ない。
  私のそばにはイシャトウが黙って座っている。
  見えないで座っていると思えば
  もう怖くなってきて座っていられない。
  そんな苦し紛れの一時間や二時間は
  普通の十時間よりもきつかった。

  ようやくの事二人は帰って来る、
  私はあのクスの事を言いたかったが我慢した。
  それはイシャトウは何か俺の事を言わないかと何処までも付いて歩き、
  もし悪口でも言うたらシタタカ ワジャクをするものである。
  それで家に帰って寝るまであいつの事を言ぅものじゃない。
  ところが私はあまりにも怖かったのにこらえ切れずに
  半分道まで上がって来て精考の耳に小さな声で
  「イシャトゥ ミチャン」と囁いたそのクソはそばから
  一緒に付いて歩いていたらしい、聞いたらしい。

  その四日後の十三日の夜ワタンジ海に行った
  潮はまだヒッテはいない。
  潮がヒッチビシバナに渡れるまでこのバンバラのそばで
  あるいて見ようと餌を投げ込んだ九日の夜のイシャネウがあるいた
  すぐそばの所だ。
  あいつがまた邪魔せんかと思いながら餌を投げ込んだのである。
  どうですか二十斤位の大ものが押しっけて来るのである。
  その時私はこれはあまりにも大き過ぎる、
  これはこの前の夜のあのクソであるとすぐ判る、
  いくら引き上げようとしても引き上げることはできない。
  これはもしかしたらまた魚ではなかろうかとも思われる。
  そこで釣り竿を肩に載せてイチヤジキにそびき上げようとした。
  その時今まで二十斤位の魚と恩はせたものが
  急にパッと消えてしまうのである、やはりあのクソであった。

  こうしてイシャトゥにワジヤクされている間に
  潮はもうよくヒッテきてピシバナに行くことができる。
  私は今夜もまただめだとは思いながらも
  ピシバナヘと渡り行くのである。
  さて、かねてのアリクであるハタマに
  餌を落としても何の返事もこない、
  そしてシガイがするマチブイがする。
  そこで今夜もだめである事がはっきりしてくる。
  私は九日の夜十三日の夜と続けて
  何一つ釣れずナアムリして帰った事がある。
  だから夜の海はよく注意して歩かなければならない。
  (『無学日記』池田福重)

「イシャトゥは今自分のそばにいる」。
昔の人は生き生きと、そう感じることができたのだ。


|

« 与論砂浜三十景 23 アーサキ | トップページ | 与論砂浜三十景 25 ダリバマ »

コメント

おはようございます。
昨日、枯れた大木のマツの抜刀を偶然にみかけました。
淋しいような、仕方ないような、又嬉しい気持ちにもなりました。小学校の時から、あのあたりがヤマグ学校でしたからでしょうか。
 無我木 日記  味がありますね。

投稿: awamorikubo | 2007/11/15 06:01

awamorikuboさん

抜刀されたのは、ナーマバルの木ですか?

ヤマグも、なかなか味わいのある言葉ですよね。
ユンヌンチュのヤマグ話も聞きたいものです。

投稿: 喜山 | 2007/11/15 21:34

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/16961933

この記事へのトラックバック一覧です: 与論砂浜三十景 24 メーバル:

« 与論砂浜三十景 23 アーサキ | トップページ | 与論砂浜三十景 25 ダリバマ »