« 与論砂浜三十景 17 ワリバマ | トップページ | アフリカマイマイの逆襲 »

2007/11/08

与論砂浜三十景 18 プナグラ

亜熱帯の景色は不思議だ。
さっきまでは強烈な陽射しのもと、圧倒的な光に囲まれていたのに、
雲が覆うやいなや、生気がうせたように
灰色がかった世界に場所をゆずっていく。

プナグラ(船倉)に着いたとき、
待っていましたとばかりに一斉にスコールが降りだした。
ピャンチク離れが黒々としている。

Punagula


















漁船のエンジン室の軒の下で雨宿りを決め込んだが、
しばらくやみそうにもないので、
浜を歩いていたウジャと、漁船のエンジン室の扉を開けて中に入った。

ウジャは耳が遠いのか、話しかけても答えがないときもあった。
それどころか、どこか、ぼくがいないかのように振舞ってるみたいだった。
ぼくがユンヌンチュだと分かっても、その反応は変わらなかった。
ただの見物に来たような風情の者には心を開かないのかもしれない。
単にそういう人だというだけかもしれない。
いやそれは考えすぎで、人見知りしているだけなのかもしれなかった。

でもどちらにしてもぼくは、プナグラ(船倉)に縁のある人と、
束の間、話ができて嬉しいに違いなかった。

プナグラ(船倉)はその名の通り、舟の拠点に違いない。
あの、百合ヶ浜港建設計画の舞台となったように。

またプナグラ(船倉)は、砂の動き激しい地でもあるらしい。
台風の影響が、砂地の移動にも現れている。
向こうに見える砂山はその影響の大きさを物語るようだ。

Punagula2














浜辺の入口には、その台風被害を食い止めるための防砂林、
モクマオウが植えられ、木の防壁で囲われていた。

 ○ ○ ○

そういえばプナグラ(船倉)は、あの『無学日記』にも
ミナタ(皆田)と一緒に出てくる。
生活の一齣に出てくると、愛おしくなってくる。

  それから少し中の方へホーティ行くと母のタンスが見える
  このタンスは二百年になると母は話していた。
  これは母の嫁入りした時持って来た品だと私が七才の時母は言うた。
  そんなタンスの上にミジタンヲイ トゥ ウンブイビラヌ
  (水級み用柄杓とイモ堀用ヘラ)ミャアーリュイ(が見える)
  このウンブイビラは私が七才の時母がこのビラでイモを掘るのをよく見たのだ。
  また、このヲケで ミナタの海より潮を汲んできたり
  プナグラの井戸から水を汲んできたりした事、
  母の苦労が目の前に浮かぶのである。
  (『無学日記』池田福重)




|

« 与論砂浜三十景 17 ワリバマ | トップページ | アフリカマイマイの逆襲 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/16961843

この記事へのトラックバック一覧です: 与論砂浜三十景 18 プナグラ:

« 与論砂浜三十景 17 ワリバマ | トップページ | アフリカマイマイの逆襲 »