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2007/10/07

小湊フワガネク遺跡の豊か

  一九九七(平成九)年の発掘調査
  (第一次調査・第二次調査)では、
  七世紀前後に位置づけられる遺跡が確認され、
  掘立柱建物跡(四軒)、
  貝匙製作跡(五カ所)等の遺構をはじめとして、
  兼久式土器(七六二八点)、鉄器(一八点)、
  ヤコウガイ貝殻(約三〇〇〇点)、ヤコウガイ製貝匙(九一点)、
  ヤコウガイ製有孔製品(四四点)、イモガイ製貝札(三〇点)、
  イモガイ製貝玉(二七〇三点)、
  礫(約一五〇〇点、石器を含んでいる)等の
  多数の出土遺物が発見されている。
  現段階で当該遺跡に関する中核を成す資料群である。
  (『ヤコウガイの考古学』高梨修

小湊フワガネクは名瀬市にある。
転記に過ぎないが、出土品を箇条書きで抜き出してみる。

 掘立柱建物跡     4
 貝匙製作跡      5
 兼久式土器     7628
 鉄器           18
 ヤコウガイ貝殻  約3000
 ヤコウガイ製貝匙    91
 ヤコウガイ製有孔製品 44
 イモガイ製貝札     30
 イモガイ製貝玉   2703
 礫          約1500(石器を含む)

こう並べてみると、門外漢の目にも、
小湊フワガネク遺跡が、いにしえの奄美の生活光景を
豊かに伝えてくれるものだと映ってくる。

特に、兼久式土器、ヤコウガイ貝殻、イモガイ製貝玉の
物量には目を見張るものがある。

けれどここでは、数は少ないものの、
鉄器が出土されていることに高梨さんは注意を促している。

  すなわち琉球弧の鉄器使用開始時期は、
  ほとんど常識的事実として
  十二世紀前後に位置づけられてきたが、
  小湊フワガネタ遺跡群における発掘調査成果は
  その通説よりもいちじるしくさかのぼるからである。
  小湊フワガネク遺跡群にかぎらず、
  兼久式土器出土遺跡からは
  地中で腐りやすい鉄器が多数発見されている。
  しかも、並行時期となる沖縄諸島の貝塚時代後期の遺跡は、
  実施された発掘調査の絶対数の点で
  奄美諸島よりも圧倒的多数であるにもかかわらず、
  鉄器出土遺跡は僅少なのである。
  当該事実から、奄美諸島と沖縄諸島では鉄器の普及年代
  が相達していた様子もうかがえるのではないか。
  (『ヤコウガイの考古学』高梨修

ぼくたちは鉄器を通じて、
奄美と沖縄の差異線が走ってゆくのを目撃している。

この楔が、奄美と沖縄の互いの個性を浮き彫りにするなら、
ぼくたちはそれを奄美の自己理解へとつなげてゆきたい。



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