« 与論砂浜三十景 1 フバマ(宇和寺) | トップページ | 与論砂浜三十景 2 ウドゥヌスー »

2007/10/22

与論島イメージのポジショニング

(大上段に構えるつもりはないので、
一視点として読み飛ばしてください)

「海外の南の島」から「この世界のどこかにある南の島」へ。

「この世界のどこかにある南」は、映画『めがね』の舞台説明だ。
この舞台説明を、そのまま与論島のキャッチフレーズに引用する。
今後のポジショニングにふさわしいと思うから。

 ◇ ◇ ◇

かつて与論は、「ヨロン」と表記されたことで、
「オキナワ・ヨロン」とセットで観光ブームを生きた。
そしてそれだけでなく、「ヨロン」は「オキナワ」から一人歩きして、
「ヨロン」として離脱した。

そしてそうなると、「ヨロン」はイメージ化されて、
プーケットやグアムらと並んで、
どこか海外の南の島にポジションされていった。

学生の頃、与論は国内にあると伝えて
友人たちに驚かれることは、一度ならずあったものだ。

その「ヨロン」は、いまも健在だけれど、かつでほどではない。

これからポジショニングするなら、
「この世界のどこかにある南の島」がいい。

幸い??、沖縄県に属していないから、
沖縄県の離島案内図には、とても近いにもかかわらず、
与論島は登場しない。

与論島は、どこかにある南の島、なのだ。

沖縄の離島マップに登場しないなら、そこことを逆手にとるのもいい。


与論島は、「この世界のどこかにある南の島」とポジショニングする。

すると、『めがね』の言葉を借りれば、
“たそがれ”たい人たちの行く先になる。

もちろん、本当は、飛行機に乗れば、
那覇をちょっと折れると行けるのは知っている。

けれど、「携帯もつながらない場所で何もかもから解放されたい」
という都市生活者の想いに応える場所として、
「この世界のどこかにある南の島」というイメージが生きる。

携帯は実際には通じる、ことは心配しなくていい。
「携帯もつながらない」は比喩で、
都市生活から一時オフすることを意味していればいいのだから。

 ◇ ◇ ◇

「海外の南の島」から「この世界のどこかにある南の島」へ。
ポジショニングの一視点です。




|

« 与論砂浜三十景 1 フバマ(宇和寺) | トップページ | 与論砂浜三十景 2 ウドゥヌスー »

コメント


宇宙 地球 世界 アジア のことは別にしても
ユンヌは 与論の島は 日本の縮図であり その島
に所縁のものにとっては 与論島が 宇宙であり
世界だと 思えるし そう思うのです

 グルグル舞いです  そうです 仰る通りです
視点は あちこちにあっても そこはそこだけです

 いま 50~60代をを中心に与論の島に満足で
あったとしても 5~10年先はチャーキチャーキ
デール
3、40年前というか、100年前のウヤエーフジ
が ガシュデューエータシガ

 与論の島の基盤、孤島でありながら持ち続けてき
た暮らし、文化・・・ ソフト、ハード面というか

 島を出ても島にいても イチャシ イッキュンガ
デークトゥヤ ・・・ イチャシュラガヤ

 パンのみにて とはいえ パンはデージデール
ガシガ 海が死ぬ時は まず陸地がシニュシデーシ
が 人が島に住まなくなると海は生き返るのです

 この地球に 人が住み始めて どれくらいなので
しょうかね つい最近のことでしょうから
島が沈まない限り どんな時も生きていけるライフ
ラインづくりを見つける作業があれば いまは少し
は 参加できるような気持ちでいます 迷惑かも?
 
 盛窪ヤカと同じ 少々だれ気味です
古里の庭の井戸を少々掘れば いい水がでるはず?

 インフラ整備は、いつなんどきでも大事な水と
流末(排水)をしっかりすることではないかと気に
しています

 ワナー イッチャーン シーナランシガヨ
ワーユンヌフトゥバヤ アタトゥンゲーラ
パンチカシャイエーシガ・・・


投稿: サッちゃん | 2007/10/23 01:16

ぱんつ 貸せません。
同じ穴の みちなーなてぃどーやか。
  石積みのパンタを

     視てきました。
 どうしましょうか
   どうしたらいいでしょうか。

      クオリアさんには
        未だ紹介していません。

  私の夢が  開花してるみたです。
    ほのかなかおりと  
       潮のしぶきが見える丘
           ひろみさんの   
    唐辛子に逢いたい。

   栄 きくもと さんの
       原家を探してみてください。

   きっと何かに行き当たります。

      忍者言葉  大好きです。
  私の祖母は 忍者でしたんですが
          大和言葉で 
     私を教育してくれました。

        宝物は  言葉のなかにこもる
                 愛情  でしょうか
    未熟な 泡盛。

投稿: awamorikubo | 2007/10/23 04:06

サッちゃんさん

先日、盛窪さんに「水の流れ」からみた与論を案内してもらいました。

おっしゃるように、水系で点で与論を見ると、
生き物としての与論島という視点を得られる気がします。

投稿: 喜山 | 2007/10/23 08:49

awamorikuboさん

「石積みのパンタ」、ぜひ教えてください。

それから、忍者言葉も教えてください。
知りたいのです。

投稿: 喜山 | 2007/10/23 08:52

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 与論島イメージのポジショニング:

« 与論砂浜三十景 1 フバマ(宇和寺) | トップページ | 与論砂浜三十景 2 ウドゥヌスー »