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2007/10/16

脱付録としての奄美論

奄美は、国家中心からみれば、「辺境」に位置するが、
もうひとつ、そこには「境界」という側面がある。

そして、「境界」とはフロンティアである。
何のか? 国家との交流のフロンティアである。

  国家周辺地域は、静態としてとらえるならば「辺境(マージナル)」
  という理解になるが、動態として捉えるならば「境界(フロンティア)」
  という理解が生まれてくる。

  「辺境」と見なされているところも、
  交流の様態を見つめてみるならば「境界」という
  別の姿が見えてくるのである。
  琉球王国についても、機能的側面から考えるならば、
  中世国家の境界領域に誕生した巨大交易機構という見方もできる。
  (『ヤコウガイの考古学』高梨修

こう主張する高梨さんからはもうひとつの声が聞こえてくる。

  これまで琉球弧の考古学研究において、
  奄美諸島と沖縄諸島の考古資料はほとんど同一視され、
  奄美諸島の考古資料をめぐる評価は
  沖縄側の研究成果のなかに解消されてきた。
  しかし、貝塚時代後期以降の奄美諸島と沖縄諸島における
  考古資料の様相には相違が認められる事実を問題提起して、
  本章の前半で沖縄側から評価できない奄美諸島の考古資料、
  すなわち評価不定の考古資料について、
  ヤコウガイ大量出土遺跡・鉄器出土遺跡・カムィヤキ古窯跡群・
  城郭遺跡を取り上げ、それぞれの研究課題の確認を進めてきた。

  筆者は、奄美諸島と沖縄諸島の考古資料に認められる差異のなかに、
  奄美諸島史の実態が隠されているのではないかと孝えている。
  その差異は、地域的差異として片づける単純なる理解論では
  到底説明できない問題を多数かかえているはずである。
  そうした差異を読み解くための視角として、
  社会環境について「国家境界領域」、
  自然環境について「高島・低島」 の分析概念を用意して、
  本章の後半で奄美諸島史の知られざる姿について検討してきた。

奄美は沖縄と同一視されてきたが、そうではない。
奄美には奄美の姿があるのである。

奄美は沖縄の付録ではない。
それがここから聞こえてくるひとつの声だ。

付録。それは、奄美につきまとってきたアイデンティティの別称だった。
沖縄(琉球)の付録。大和(鹿児島)の付録。

しかし、考古学の成果が物語るところによれば、
奄美は付録ではない。

ぼくは、奄美による奄美の自己主張の胎動を感じる。
こと奄美については、こうした声の存在自体、
価値があるように響いてくる。

脱付録としての奄美論だ。



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コメント

脱付録論のおかげで、沖縄も鹿児島も「敵」だらけになりました(笑)
でも、まだまだやります。

投稿: NASHI | 2007/10/16 20:54

NASHIさん

真っ当な議論ですし、結局は、沖縄や鹿児島に向かって
前へ進もうと促せるわけですから、
どちらに対しても、よきことと思います。

やりましょう。

投稿: 喜山 | 2007/10/16 21:40

 クオリアさん

 ユンヌの島から 地球を見ても 宇宙を見ても
イダーミチャンチン マンネーデール

 与論島からは どこも 辺境にしかすぎません
私が 偏狭なだけです

投稿: サッちゃん | 2007/10/16 21:57

 クオリアさん

 北緯20度~30度を輪切りして 地球を見るのも
面白いと思います

 どう輪切りしてもいいんですが
与論島を出た船であれ 飛行機であれ 人力であれ
行き着く先は ユンヌですよね

 往くとこも 還るとこも ない人がいれば・・・
哀しいですよね

投稿: サッちゃん | 2007/10/16 22:37

サッちゃんさん

ガシ、ワナーニャマ、ユンヌからミーボー、
辺境の東京ナイ、ウユン。

与論からみると、北から訪れた人、南から訪れた人、
それが幾重にもあることが見えやすい気がします。
与論だって種族の坩堝ですね。

投稿: 喜山 | 2007/10/17 09:01

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