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2007/10/22

与論砂浜三十景 1 フバマ(宇和寺)

与論の砂浜めぐりは、フバマからスタートした。
ここからスタートしたのは、全くの好みで、
ぼくの原点でありサンクチュアリであるという以上の意味はない。
でも朝一番でここに来たので、影になっていて、
撮るに向かない時間だったけれど、
それでも、ここから始めないわけにいかなかったとです。

ホテルができる前は、
ウドゥヌスーで遊ぶうちに、
たまたま気づいたタビンチュが来る
知る人ぞ知る浜辺だった。

浅瀬にも枝珊瑚が生えていて、
ピンクや白のきれいな枝珊瑚を、よく観光客が取っていった。
そんな時は、岩場に仮に置かれた戦利品の枝珊瑚を、
彼らにばれないように取り返して海に戻すのが仕事だと思っていた。

その頃は砂浜で覆われていなくて
もっと岩が露出していたと思う。
茶花港の影響で砂が寄ってきたのだろうか。

与論島のなかでも奥行きある礁湖(イノー)が広がっていて、
贔屓目にいって、与論でいちばん優しい海だとぼくは思っている。

フバマ、“小さな浜”という意味だ。

小さいころ、フバマで泳ぎ、フバマに抱かれた。
与論に帰るということの半分は、
長いあいだ、ここに来るという意味だった。

「来たよ」「また来る」と挨拶するのも、フバマだ。

(※与論にはフバマは三ヶ所あるのが分かったので、
宇和寺の、と注釈をつけた。)


Wadyla_fubama_4

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コメント

ウワデラは上寺で ウワーチの寺となり 上地の墓
では?

 ウワーチのフバマは 崖を踏み分け踏み分け下りた
記憶があります

 フバマに在ったウワーチの墓 ウワ寺 宇和寺?
赤佐から北への小高い丘の上の地 上地 ウワーチ

 ウワーチから北へ向かい 左はフバマへの傾斜面
右は谷 一帯の地名は ターニ(田仁)で 谷?

 地理・地勢から 思いつきました
これもまた ドゥッチュイムイ デーシガヨ

 勘違いもあるのでしょうね

投稿: サッちゃん | 2007/10/22 23:00

今晩は。
流石にするどい さっちゃん。

  宇和寺を  F雄おじさんが
   英語で ピッグテンプル と訳したことがあった。
         豚寺 とは面白い。

 宇和寺 住宅も変わりました。
  
      麻美セブン が住宅に住んでたころ
  しのびあいしました。
     未だ その長屋が残っています。
          あれがなかったら
      今の幸せな自分はないだろうなー。

          青春。

投稿: awamorikubo | 2007/10/23 03:49

サッちゃんさん

ちょうど数日後の宇勝の記事を書きながら、
以前、ウレーに「上地」のアドバイスをもらったので、
宇和寺とはそういう意味かもと書いていたところでした。

とおとぅがなし。

確かに、あそこは墓だったかもしれないですね。
心鎮まる場所です。

投稿: 喜山 | 2007/10/23 08:31

awamorikuboさん

宇和寺は、cosmos calm temple 宇宙が和む寺、です。

青春万歳!(^^;)

投稿: 喜山 | 2007/10/23 08:32


 さすが F雄おじさん!!
 pig temple !・・・神殿なんだとネ

  往生なされた ユンヌのアシビンチュ
 の粋なフジャンカでした
 サンシヌの あの響き 音色・ パナシ
 胸の奥襞に 深く刻み込まれています

  F雄おじさんの思いを もっともっと
 うかがっておきたかったですね

  ヒロミさんに 鍬はおいていきなさい!
 と云われました
 マタ キュウシエークトゥ デッシャミ?
 思うに任せずに タンディドウーカデール

  妻の両親は 97歳と92歳です
 ドゥックーサ シチウワーチエークトゥ
 100歳、100歳まで頑張れよと 日々
 を暮らしています

  忍者言葉の奥義は 云ってみれば
 ガシ ガシヨ ガシュクトゥ ウリヨウリ
 のことです
 いつか 少し話した覚えがありますが…
 

 
 

投稿: サッちゃん | 2007/10/23 13:52

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