赤と白-赤碕と寺崎
白に映えた寺崎の話を続けてみる。
言語学者の村山七郎は、ジャワ語 sila[光線]、
フィージ語 zila[(天体が)輝く]、サモア語 u|ila(「いなづま)」
に対応させるように、南島の祖語として*t'ilak(「光線」)を導いている。
この考察に際して、村山は、ティラ-ティダを祖語として、
それが、「白」につながることを言い、
「白」について、「輝かしいこと、ひかり輝くこと、光」
という意味を想定している。
もし、そうだとしたら、寺崎とは、語源は「太陽の崎」になるが、
時代がくだると、「白い崎」の意味をなしたのかもしれなかった。
ぼくたちはここから、陽が射し真っ白に輝く砂浜や打ち寄せる波を
思い浮かべるかもしれない。
この「白い崎」はしかし、もうひとつの崎を連想させずにおかない。
そう、それは「赤い崎」、赤碕のことだ。
この、白い崎と赤い崎の色の取り合わせがひときわ関心を惹くのは、
与論島において、赤碕が最初に開発祖神が上陸した地点と言われ、
寺崎はそれに続く地点と呼ばれ、両者は島のウガンのなかで
重要な役割を担っているとみなされているからだ。
ぼくたちは同時に、赤崎の「赤」が、霊的な意味と始まりの意味の
両義性を持っていることを確認してもいい。
いま、こうして、「赤」と「白」の対比で考えたとき、
東海岸に位置する赤崎は、
まさに陽が昇り、アーシカマ(早朝)に空を赤く染める場所であり、
北海岸に位置する寺崎は、
陽が頭上にあり、浜と海も白に光り輝く場所に当たっている。
それが、赤と白の地名として根づいたとしたら、
この二地点が重要視される根拠に付随する属性を
目の当たりにしているのかもしれない。
このアイデアはさらに掘り下げる必要があるけれど、
さしあたって、「赤」と「白」の対照として、
赤崎と寺崎を捉える視点を提示しておきたい。
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