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2007/08/11

「てるしの」の島、註

以前、伊平屋島の章に触れたときには、
島の異称の「てるしの」について、何もコメントできなかったが、
とても面白い考察に出会ったので、註を添えておきたい。

 ※「てるしの」の島・伊平屋島

「てるしの」の「しの」は、カタログ語、インドネシア語に
由来を持つ、というのだ。

 実はそのカタログ語 sinag あるいはインドネシアの sinar と
 同源の言葉が『おもろそうし』に出てくる照ル・シナ(ノ・マミヤ)、
 あるいは照ル・シノ「太陽、月」のシナ、シノであります。
 沖縄の内裏言葉の辞典『混効験集』(一七一〇年)には
 「てるかは 御日の事」「てるしの 右に同」とあって、
 シノが太陽であることが明示されています。

 (中略)そしてこのシナは沖縄語の記録に出ているだけでなく、
 聖徳太子の歌(シナ照る片岡山・・・)にも出てくるのです。
 しかし聖徳太子の歌のシナは「太陽」か「月」という意味が
 不明になっていたのですが、
 沖縄では一七一〇年に編纂された辞典においても
 まだはっきりとその意味が残っていたのであります。

 本土よりずっと長く沖縄では南方系の単語
 -フィリピンの公用語であるカタログ語の sinag「光」、
 インドネシア共和国の国語インドネシア語(=マライ語)
 sinar「光」、ポリネシア諸語の ma|sina「月」と同源の
 単語が残っていたのです。

 『おもろそうし』のシナ、シノ、『混効験集』のシノ「太陽、月」
 と同源の言葉は全太平洋からインド洋にかけて分布しています。
 マダガスカル島にも沖縄のシナ、シノと同源のma|sina「神聖な」
 という言葉があります。
 (村山七郎『南島の古代文化』1973年)

面白いのは、南洋の言葉が、琉球弧に残っていたというだけでなく、
大和本土への広がりを持っていたことだ。
そして、大和本土では意味不明になっていても、
沖縄では、意味あるものとして残っていたということ。

伊平屋島が、またぐっと身近になってくるようだ。

それにしても村山七郎の考察は、
言葉が、広く大きなものであるのを感じさせてくれて楽しい。

伊平屋島をなんで「てるしの」というのか、
と小さく考えていたところに、
それが、全太平洋、インド洋に広がっているというのだから。

ぼくたちは、思っている以上に、
きっとつながっているんですね。



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