居酒屋与論島(ゆんぬ)のゆうべ
父の他界が引き合わせてくれたみたいに、
友人と十数年ぶりに話をした。
彼の気遣いで、二軒目は、
荒田近辺の居酒屋、与論島(ユンヌ)なのであった。
聞けば店長さんはぼくの同級生で、
奥さんはパラジ(親戚)だった。
しかも、これまた偶然にも、
少し前に父が来て飲んだと聞いて、
ぼくは父の座った席に陣取って、
供養になった気がしたものだ。
友人は饒舌で、
ぼくは酒を飲まずに語り続けた中学、高校のときを思い出した。
酒を飲むようになっても変わらないものだなあとつくづく。
店長さんは、他の同級生に電話をして
およそ三十年ぶりくらいに話をさせてくれた。
野球部の面々で監督さんを呼び、
与論で野球を計画しているという
いい話も聞かせてもらった。
いやあ、同級生っていいなぁと柄にもなく感謝。
懐かしく美味しい夜は、更けてゆき、
ぼくは翌日の父の五十日祭を前に、
あったかい気持ちになっていた。
ありがとう、わが友人。
とおとぅがなし、店長さんと奥さんとお子さんたち。
※鹿児島へ行ったら、居酒屋与論島(ゆんぬ)をたずねてください。
美味しい夜が待っています。
飲んだらラーメンでしめたいという向きにも、準備万端です。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
おはようございます。
「キシャバに与論島」という小文を書いたこと思い出しました。
「どんぐり横丁」と呼んでいるようです。
鹿大の先生方もちょくちょく来るようですね。
ちょっと、見つけにくい場所のようでした。
何度か行ったのに道迷いしてしまいました。
一度、パラジの林さんの顔で
ツケして帰り、与論でお母さんにお金送ってもらった事あります。
その縁あってか、
大島新聞の取材をちょくちょく受けることになりました。
来月の末あたり大島新聞の載るかもしれません。
パーマカルチャー見聞録 とか言っちゃて・・・。
ドゥダンミンの先生を 応援よろしくお願いします。
てつお が亡くなって 彼の票がだいぶ減ってしまったと
懐かしむような言葉でした。
投稿: awamorikubo | 2007/08/18 05:18
先日鹿児島田代(錦江町)のよめの実家に帰省しました。
よめの従兄弟にi田たまきさんっておるのですが・・
最近結婚しました。
きけば貴殿の父上の紹介の女性(歯科医)だとか・・
世の中せまいもんや。
貴殿の与論島を愛するきもちと行動に
日頃から感服しております。
益々のご活躍期待しております。
投稿: 池畑憲政 | 2007/08/18 14:36
awamorikuboさん。
「パーマカルチャー見聞録」、いいですねぇ。楽しみです。
盛窪さん。与論民俗の伝道師になってください。
徹先生。一石投じていただきたく思います。
投稿: 喜山 | 2007/08/18 20:51
池畑さま、ありがとうございます。
たまきとは小さい頃、よく遊びました。
葬儀や五十日祭のとき、二人の姿を見て、
親父のキューピットを嬉しく思いました。
お袋は、田代のことも分かるようでした。
狭いですね。
これからもよろしくお願いします。
投稿: 喜山 | 2007/08/18 20:58