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2007/08/13

来間島、「沖の島」のひとつ

柳田國男の『海南小記』を読み返して、
地名の由来が「沖の島」である島は、
これまで仮説した島以外にもまだあるのに気づいた。

大正14年に刊行された『海南小記』の「南波照間」で、
柳田は書いている。

 西常央翁から聴いたと、南島探険記には書いてある。
 波照間の島はすなわちハチウルマで、
 うるまの島々の南の果の、意味であろうということだ。
 なるほど気をつけてみると、八重山郡の東の海には多良間があり、
 宮古群島には来間島あり、沖縄の西南に近く慶良間があり、
 さらに大島に続いて佳計呂麻の島がある。

 南北三つのエラブ島もその転訛かもしれぬ。
 語尾のよく似た島の名が、これほどまで多いのは偶然ではあるまい。
 あるいはかつて島をウルマと呼ぶ人民が、
 ここにもやまとの海辺にも多く栄えていて、
 自然に都の歌や物語にも、
 「ウルマの島の人なれや」などと、
 口ずさまれるようになったのではないか。
 そうでなくても昔なつかしい言葉である。
 (『海南小記』柳田國男)

ぼくが、「沖の島」として挙げきれてなかったと思うのは、
来間(クリマ)島のことだ。

来間島は、宮古島の沖の島なのだ。

これで沖の島と考えられるのは、
波照間島、鳩間島、多良間島、来間島、
慶良間諸島、加計呂麻島の六島になる。

波照間のパティルマを元にしたとき、
地名として同じになる変化を挙げてみる。

 波照間島  パティルマ
 鳩間島   (語中が縮退)→パトゥマ
 多良間島  (語頭のパが脱落、ティルがタラに転訛)→タラマ
 来間島   (語頭のパが脱落、ティルがクリに転訛)→クリマ
 慶良間諸島 (語頭のパが脱落、ティルがギラに転訛)→ギラマ
 加計呂麻島 (パティがカキに転訛)→カキルマ

これらの詳細な根拠は、別の場に譲りたい。

柳田がハテウルマから同じ意味ではないかと連想を広げていったのは、
波照間の語源として、「果ての琉球」という仮説は出されているが、
「果ての珊瑚礁」はまだ提出されていない段階でのことだが、
表音から地名の同一性を捉える見識は豊かだと思う。

地名を考えるとき、この豊かさは今も大きな助けになる。

 ※ 「『沖の島』の流れ2」
   「『沖の島』の流れ」
   「『波照間』地名考」
   「波照間=加計呂麻」


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