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2007/08/20

コーラル・サンド・ケイの久米

まだ、久米島には行ったことはない。
しかし、地図からその居住まいを見ると、
ある独特の思いに囚われる。

久米島は、琉球弧に中心線となる曲線を引けば、
そこからかなり離れた場所にある。

これだけの距離があれば、離島のなかの離島として、
離島苦を人一倍思わせる寂しさを漂わせていそうだけれど、
久米島は、そう感じさせないところがある。

それはまず、本島の引力圏に吸引されないだけの
大きさがあるからだが、
でも、それだけに留まらないものも感じる。

それはひとつには、あの、君南風、チンベーの存在感だと思う。
野本さんは君南風(チンベー)について書く。

 稲の穂の化身である君南風は、人々に豊作を約束し、
 山々の植物の化身となっていのちの恵みを人々に語りかけていたのだ。

君南風(チンベー)の、たとえば六月ウマチーは、
ぼくの言葉でいえば、
第零次段階の行為を、第一次の世界で行ったものだ。

 ※ 「移住の根拠」

自然を人間のイメージ的身体とするという関係式を、
植物を育てるという農の世界に適用したものだ。

その君南風(チンベー)の姿は、
六月ウマチーの映像で触りを見ることができる。

 ※ 六月ウマチー

ところで、農の世界で、植物の化身となる行為ができるのは、
久米島の「農」が豊かであることが条件になるはずだ。

そしてその豊かさは「米」の豊かさであり、
それは地名に表れていると指摘したのは、柳田國男だった。

 (前略)奄美大島にも沖縄の主島にも、各々その西南側に
 古見または久米という旧地があり、
 さらに南端の八重山群島のまんなかに、
 古見または球美という稲作の大きな根拠地があったのである。
 (『海上の道』)

稲が豊かであるということが、地名に由来になっている。
地名は地形を物語るのが初源の形だから、
久米が「米」を語源にしているとしたら、
それは地名としての新しさを物語るとともに、
従来の名を捨てるほどに、
稲が豊かであったことを意味すると思える。

もうひとつ感じる豊かさは、
久米島には、北東に伸びる珊瑚州島があることだ。
これは、地形として心惹かれるポイントでもある。

珊瑚州島、コーラル・サンド・ケイは、
海面すれすれの珊瑚礁の上にできるという。

 サンゴ礁の白い砂

これをみると、与論島の百合が浜は、
珊瑚州島ではないかと思うのだが、
そんな説明を見たことがない。
知りたいところだ。


もとい。久米島は、第零次と第一次がともに豊かな世界として、
その点で、琉球弧の中でも、
独特な位相を持った島として迫ってくる。


『海と島の思想』 (野本三吉)
Ⅱ 戦争の記憶・いのちの記憶
11 君南風と「立神」の棲む島




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