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2007/08/10

瀬底は瀬戸か?

瀬底島の語源由来をめぐって、野本さんは書いている。

 瀬底島は、『南島風土記』(東恩納寛惇著)には、
 かつて「獅子島」と呼ばれていたと書かれている。
 また、沖縄学の外間守善さんは、瀬底の瀬は「精森の精(シーヌギュン)」で、
 「底」は『古事記』の伝える海神・
 少名毘古那神(スクナヒコナ、海の彼方からやってきた神)
 のスク(海)の意味ではないかという。
 つまり、瀬底は稲作の技術をもってきたアマミクの来訪神が
 渡来した「精(シー)」のある聖なる地(島)ではにかというのだ。

 さらに瀬底島出身で言語学者である千葉大学の内間直仁教授は、
 地元では瀬底島のことを「シーク」と呼んでおり、
 この「シーク」は「セスク」の変化したものと推論している。
 セは干瀬の瀬で、海中に顔を出して平たく続いているサンゴ礁。
 スクな「ウチグシク」(瀬底の拝所名)のシクであるという。
 したがって「セスク」が瀬底の語源で
 「聖なる聖所」「瀬なる神の在所」という意味だと指摘している。(『瀬底誌』九頁)

地名となると、どうしてもロマンティックに解したくなるものらしい。
最も身近なロマンティシズムの拠点を指して地名という、
と言いたくなる。

だが、このロマンティシズムの影に、
見失われるのは、地名を名づけた初期琉球弧人の言葉だ。
地名のロマンティシズムは、
初期琉球弧人とのコミュニケーション回路の封鎖だと思う。

外間守善はここでもトンチンカンだ。
アマミクが渡来した聖なる地。
地元の島人の矜持を怪しく支えてしまう
不用意な物言いだと思う。

地元出身者の推論は、瀬を干瀬と解して、
地形を根拠にした力強さが感じられる。

しかし、”聖なる”場所と解したい誘惑のほうを
ぼくたちは感じてしまうのをどうしようもない。


ぼくは、瀬底のシークは、
素直にいえば、瀬戸、つまり狭い海峡の意味に解したいと思う。

現に瀬底島は、狭い海峡を通じて本部半島に面している。


ただし、瀬戸の「トゥ」が「ク」と
同音であるという根拠を挙げることができない。

そうとすると、「ク」は、「ハニク」「カネク」などと同じ、
「砂地」と解すべきかもしれない。

シーク、狭い海峡に面した砂地、と解釈するのである。

いまはまだ結論が出せない。


瀬底からの移住で、島が開拓されたという水納の由来は、
まだ分からない。
 


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コメント

kuoria=quality=高位=古宇利ティーさん

 今帰仁への“思い”があるのでしょうか?
「コウリ トゥウサヌ ニャー イカラジ

 ユンヌの イームッケーのかなたに
しずむ夕陽は 赤々としている時もある
黄色い時もあれば 見えない日もある

 七切り島が見えない日は さびしい
コウリ島や いだ(いづこ)が
七り島やあらぬ

 コウリ島や ヤンバルヌ ムッ古宇デール
フトゥバアシビ(言葉遊び)や
ミジラシャムンデークトゥヤ

投稿: 盆休みの「サッちゃん」 | 2007/08/11 00:17

サッちゃんさん。

ユンヌのフトゥバアソビ(言葉遊び)集があると
面白そうですね。

方言人口、増えるかもしれない。

投稿: 喜山 | 2007/08/11 08:54

 おはようございます。
お二人のやりとりが
  フトゥバ あしびでぃどー。

 私たちから  ぱじみらんでー。

  さっちゃんさん は ヤカゲーラ ウットゥビげーらわからじえーしが   イダーカノンティ いっちょうたるふとぅぬ
       あゆんげーら。
  どこかから 見られていると思うと
     楽しくもあるし  こそばゆく感じる事もアル。
   こそばゆい の 表現を 方言では
 「こーそー」というが
 ぱしこーそー  
  子供の頃に ぱーぱーにくすぐられて
   笑い転げて苦しみを与えられた(悪さしたときの)
  あのときの状況表現をどういえばいいのか・・・。
    暇つぶしのときなど
          考えるとたのしいことはいっぱいある。

投稿: awamorikubo | 2007/08/11 09:37

クオリアさん

 ウレートゥヤ イチュウタルフトゥヤ ネーシガ
ユンヌンチュデークトゥ ウレーフジャンカヤパラジヌ
タルーカニャ イチュタルパジデークトゥ

 クオリアさんの探究心というか、好奇心の塊のような
そんな心意気に興味津々で ついこのHPにお邪魔虫に
なってしまい、投稿する度に反省しきりです

 コウサグルシャヌ ワタヌヤディ
ハハハ イヒヒ ウフウフ・・・ニャー マイタン ニャー
タンディドウ アハー ニャー ダリティ ナージドゥ

投稿: さっチャン | 2007/08/12 01:02

awamorikuboさん、さっチャンさん。

アチャの五十日祭を終えて東京に戻りました。
お返事遅くなりごめんなさい。

コーソーは、「かゆい」だけじゃなく、
「こそばゆい」の意味もあるんですね。

ユンヌを言葉遊びでほぐしPRするのは、いいですね。
お二人の共演を本にしたいです。

投稿: 喜山 | 2007/08/13 20:50

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