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2007/08/10

海域の風景-琉球弧のつなぎ目

高梨さんが『奄美諸島史の憂鬱』で、
高良倉吉の奄美エッセイを紹介してくれている。

 高良倉吉氏の最新刊!『対論「沖縄問題」とは何か 』

与論島に触れたくだりが印象的だった。

 与論島の海岸から沖縄島を見ると、
 与論よりいくぶんは大きい島にしか見えない。
 その右手に沖縄県に属する伊平屋(いへや)島や
 伊是名(いぜな)島が見えるが、
 27度線や県境が存在することを疑いたくなるような
 海域の風景である。

与論から沖縄島を見たときの印象は、
与論人(ユンヌンチュ)にとっては、
「与論よりいくぶんは大きい島にしか見えない」ことにはならないと思う。
それは、地形の物理でしか言えない。

あの島影を、「ヤンバル」というときの愛着や、
「ナファ」と呼ぶときの都感覚が、
島の人たちの言葉には宿っていたから。

「与論よりはいくぶん大きい島」ではなく、
「与論よりとても大きな陸地」だったと思う。

 ○ ○ ○

ただ、沖縄島や伊是名や伊平屋を一望すると、
「27度線や県境が存在することを疑いたくなる」のは、
その通りだと思う。

小さい頃、「あそこは今アメリカなんだが、こんど復帰する」
という話を聞いても、まるでチンプンカンプンだった。

ぱーぱー(祖母)やパラジ(親戚)の言葉から感じられる
沖縄への親近感や、黒潮という大河でつながるお隣感覚からして、
国境だのなんだのというのは、
とても無理のある人工的なものに思えた。

琉球弧のつなぎ目の「海域の風景」は、
つながりの感覚を湛えている。


追記
高梨さんのおかげで興味を持てた。
ぼくもこの本、読んでみたい。



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