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2007/08/18

「沖縄問題」とは何か 3

『「沖縄問題」とは何か』の「沖縄という地域」のテーマで、仲里は、

 島々の連なりからなる群島的想像力が
 <方法としてのアジア>を獲得するのは、
 アジア・太平洋を横断する日米の軍事力を問わない
 <沖縄イニシアティブ>の内部ではないだろう。
 沖縄が沖縄でありつづけるのは、
 天皇制とその国家への抗いにおいてである、とみたい。
 (「反『国家』が群島の未来を拓く」仲里効)

と、書くのだが、「天皇制とその国家への抗い」という問いの立て方が
このままでは空念仏になってしまう空疎さを感じる。
抗い方を問わなくてはならない。


ところで、ここでいう「沖縄イニシアティブ」は、
もう7年前に、高良倉吉などが発表し、
当時の沖縄知識人に激しく批判された提言だという。
仲里は、当然、「沖縄イニシアティブ」を批判しているわけだ。

「沖縄イニシアティブ」の中身も、読むことができる。

 ※ 沖縄イニシアティブ

ぼくは、ここで高良に躓く。
これは、折角、沖縄にいながら、
沖縄の経験と可能性を台無しにする腰砕けの論理ではないか。

ぼくが最も躓くのは、「『基地沖縄』の評価」のなかのメッセージだ。

 しかしながら、そうした努カを尽くしたにもかかわらず矛盾が
 拡大すると判断される時は、一定の範囲において、国際的
 理解を得ながら軍事力を行使することもまた止むを得ない、
 との国連憲章の認識を私たち3人も支持する。平和や安定を
 阻害する要因に対し、国連を介するぎりぎりの選択肢としての
 軍事力の行使は必要である。

なぜ、国家の矛盾を身に沁みて知っている沖縄から、
国家の戦争行為を肯定する議論を出すのか。
ぼくには、敗北宣言に見える。

高良はここで沖縄の可能性を見損ねているのではないか。
もったいない。


考えてみれば、高良の限界は、
沖縄の根拠を琉球王国に求めたことに
胚胎していたのかもしれない。

ぼくは、この本で、高良は、
近世をただ「唐世」と済ませてしまっては静的に見えてしまうけれど、
目を凝らせば、中国と交易し、難しい外交文書を取り交わし、
薩摩ともやりあった、生き生きした琉球像が見えてくる。

そのように、生き生きした歴史を描きたかったと書いているのを見て、
自分の偏見をほどく思いだった。
ぼくもまた、「与論島の地理と歴史」を書きたいと思う者だからだ。

しかし、高良の「沖縄イニシアティブ」を見て、
捉え返してみると、
沖縄の根拠をたかだか琉球王国を作ったことに求めれば、
やはり、現在の国家を運営すること自体にしか、
活路は見いだせないのかもしれない。

 つづく

 ※「『沖縄問題』とは何か」1』
  「『沖縄問題』とは何か」2』


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