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2007/07/25

ニライカナイとは

昨日、触れた「青の島とあろう島」(『南島文学発生論』)で、
谷川健一は、実はニライカナイの由来を考察している。

 さてニライカナイという南島語の由来であるが、
 私は死者を葬った海蝕洞窟のある海岸を
 「根浦 金浦」と呼んだと考える。

 ネウラはネリヤになり、ニーラになり、ニライになった。
 カネウラはカネラになり、カナイになった
 というのが私の仮説である。

この着眼を踏襲するとしたら、ぼくなら、
ニーラがネリヤやニライになり、
ハニラがカニラ、カナイになったと言うだろうけれど、
この仮説は面白い。

 ○ ○ ○

谷川は、「根浦 金浦」を、『古事記』で、
スサノオが「妣(はは)の国、根の堅州(かたす)国」にいきたいと
泣きわめいた記述に着眼している。

「根の堅州国」の「根」は、
ニライカナイ(沖縄本島)、ニーラ(八重山)、ネリヤ(奄美)
の「ニ(ネ)」と同じ意味。

「堅州」は、「永久不滅の場所」で、
「堅州」にあたる語を「金(かね)」と捉えている。

「金」は金属ではなく、
堅いものはすべて「金」と言ったと谷川は捉える。
沖縄から奄美には、「金久」と呼ばれる地名が無数にあるが、

 そこは外洋に面していて粗い砂粒のある砂浜をいう。
 その砂粒が堅いからそう呼ばれたのである。

つまり、谷川によれば、「根の堅州国」と「ニライ・カナイ」は
つながりがあるのだ。

また、谷川は、宮古本島の狩俣で、
「死者を審く者をニッジャカニドノと呼んだ」歌謡を取り上げている。

 につじゃかにどうぬ ニッジャ金殿の
 あろーかにどうぬが アロウ金殿の
 かんがなしぬ    神加那志の
 みゆふぎ      お陰で
 (『南島歌謡大成』宮古篇)

この、「ニッジャ金殿(ニッジャカニドノ)」は、
ニッジャはニライに対応し、金殿はカナイに対応すると捉えれば、
ニライカナイに呼応していると考えられるわけだ。

こうして、「ニッジャ金殿」-「ニライカナイ」-「根の堅州国」
というつながりが得られる。

 ニッジャ金殿
  |   |
 ニライカナイ
  |   |
 根の堅州国

 ○ ○ ○

この仮説の魅力は、ニライカナイの由来を南島の歌謡に見出し、
かつ、それを古事記とも対応させている、連想の豊富さにあると思う。

長く民俗を追究した学徒の、豊穣な見識を感じることができる。


ところで、「海蝕洞窟のある海岸」といえば、
与論の風葬後を思い出す。

(ジシが厨子から来ているなら、
それは新しい言葉だと言わなければならない。
むしろ、ハンシャのほうが
カナイとのつながりを持った言葉なのかもしれない。)



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