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2007/07/29

水の初

ちょうどお盆のころ、父の五十日になる。

菊千代さんの『与論方言集』に頼ると、
五十日まつりは、「シーニチ」。
親戚や父が親しかった人達と一緒に、
父に向き合えるのは嬉しい。


そういえば、祖母(ぱーぱー)はよく、
カレンダーを見ながら、「シューヤミジヌパチ」と言ってたっけ。

「今日は水の初」。

これも菊さんの解説に頼ると、

 ミジ ヌ パチ

 水の初。死者の霊魂に対して最大のお供えものは水の初である。
 水道がなかった頃の昭和四十年頃までは、祖先の命日には井戸
 から運んできた水は最初に水の初をとってから使われた。
 民謡に「グショー(冥土)にいえる親や、ぬがよぷしゃむぬや、水ぬ
 初々という花ぬ三枝」とある。
 これはあの世にいらっしゃる親祖先は何が欲しいものだろうか。
 それは水の初々と三枝の花であるよの意である。

祖母は、「シューヤミジヌパチ」と言うと、
静かに立ち上がって、お供え物をして祈っていた。

あるとき、「ウラチャナイヤ、カミヌミチハワカラジヤー」と
口にしたことがあった。

責めるではなく、苦笑するように、
「お前達には神の道は分からないよね」と言ったのだ。

子どもだった自分が、
そこで、「ハタティタバーリ(教えてください)」とも
何とも言えずに、きょとんとした苦笑で返したことは、
いま思うと、ちょっと残念なことだ。

ことの意味は何も知らない。
祖先を敬い、お祈りしているということ以外は。

それでも、パーパー(祖母)の後ろに、
トートゥビー(正座)をして二拍二礼にあわせていると、
無類の安心感がやってくるのだった。
自分が柄になく、素直な子どもに戻れる瞬間だった。

パーパー(祖母)の後ろで、安心感に浸っていた。



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