『奄美の多層圏域と離島政策』
、
第6章は「奄美の物流と物流コスト」。
琉球弧は世界との距離を課題にしてきた。
その距離があまりにはなはだしいために、
「日本人」になり、自分を忘れようとしてきた月日があった。
いま、その切迫性はようやく解除された。
しかし距離がなくなったわけではない。
現在、その距離は、
たとえば時間や「物流コスト」に見ることができる。
○ ○ ○
著者は、物資の移出入の大半を占める船舶について、
鹿児島新港までの時間を表にしている。
ここに、沖縄の本部、那覇との時間も入れてアレンジしてみる。
航路距離 所要航行時間
(鹿児島新港)(鹿児島新港)(本部港)(那覇港)
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奄美大島 383 11 11 14
喜界島 376 12 10 13
徳之島 492 15 7 10
沖永良部島 546 18 4 7
与論島 592 20 2 5
--------------------------------------------------------------------
※単位は、距離(km)、時間(時間)。それぞれおおよその値。
与論から鹿児島に行くとき、鹿児島から与論に帰る時、
この20時間は自分でも身をゆだねた時間だから、実感的にも分かる。
この航行時間を使うと、こんな風に言える。
与論にとって、沖縄は鹿児島より10倍、近い。
沖永良部にとって、沖縄は鹿児島より4.5倍、近い。
徳之島にとって、沖縄は鹿児島より、約2倍、近い。
喜界島にとって、沖縄は鹿児島より、やや近い。
奄美大島にとって、沖縄は鹿児島とほぼ同じ近さだ。
この距離感は、心的距離感とパラレルなのかもしれない。
ぼく自身の、沖縄と鹿児島への心的距離感には合っている。
また、一方で、奄美大島の持つ位相も教えてくれる。
奄美大島は、鹿児島と沖縄の等距離として、
まさに狭間に生きてきたのだ。
○ ○ ○
この鹿児島新港との距離は、物価に反映される。
(前略)鹿児島本土に近く、人口、面積及び経済規模とも
最も大きい奄美大島の物価が最も低い。
なかでも特に、名瀬市の物価が安く、
鹿児島地区との格差も平均3~5%程度にすぎない。
逆に、鹿児島本土から最も遠く、
奄美群島主要5島のなかで最も面積及び経済規模が
小さい与論島の物価が最も高い。
物価地域指数を見てみる。
2002年度
------------------------
鹿児島地区 100.0
種子島 114.8
屋久島 112.5
------------------------
奄美地区 117.4
奄美大島 109.8
名瀬市 103.7
喜界島 116.6
徳之島 119.2
沖永良部島 123.7
与論島 126.4
------------------------
離島地区 115.6
本土地区 101.2
------------------------
いちばん貧しい与論の物価が最も高いのは変だ、と思ったりするが、
物価高は経済小規模の一因になっているということだ。
奄美の物価高の要因として、著者は三つ、挙げている。
1)島外からの移入が多い。
輸送コスト(海上輸送コスト・荷役料)の負担
2)商圏規模・店舗規模が小さい
3)競争が小さい
奄美の多くは、物資を移入に頼っていて、
その移入コストを負担しているから
というのが一番目に挙げられる。
ここで著者は面白いケースを挙げている。
本土から名瀬市に進出した複数の大型スーパーでは、
輸送コストが高い奄美店舗であっても、
基本的に本土と同じ価格で販売しているという。
これらのスーパーでは、店舗ごとに配送コストを
価格に上乗せするのではなく、
いったん全店舗の配送コストをプールして
平均化することで同一価格を実現している。
大型流通のよい側面がここに現れている。
これは重要な解決法だと思う。
大手流通のなせる業には違いないが、
ここには、社会はどうあるべきかという理想が
ひとりでに内包されていると思える。
ところで、農産物の考察のところで、
奄美は、いまや「砂糖きびの島々」ではなく、
「野菜の島々」であると整理したけれど、
どこか実感が伴わなかった。
それはどうしてだろうと思っていたが、
「野菜」の栽培が、移出のためのものであり、
栽培が盛んになるにつれ、
自給率は減少傾向にあると指摘されている。
与論など、野菜自給率は10%だそうだ。
これは、低い。
「砂糖きび」は刈ったりかじったり、
黒砂糖として日常的に食べたりしていたから、
「砂糖きび」の島々は実感的なのだけれど、
野菜は、移出用なので、
「野菜の島々」は実感が湧きにくいのだ。
○ ○ ○
著者は、奄美と同様、離島の条件を持つ
沖縄の物流の取り組みを紹介している。
沖縄県では、花きや一部の野菜を対象に、
輸送コストの高い航空機中心の輸送体系から
船舶や船舶とJRを組み合わせによる輸送体系への
移行が進行しているという。
たとえば、
沖縄でJRクールコンテナに積み込んだ出荷物を、
コンテナごと上りのフェリーで鹿児島本土(新港)まで運び、
そこから大阪や東京市場にJRで輸送しようという試みである。
この「船舶・JR複合一貫輸送」では、航空に比べて
コストを3分の2に抑えることができる。
時間はかかるが、適切な温度設定をすれば、
鮮度に問題がないことも実証されたのだという。
○ ○ ○
著者は最後に5つの提案を挙げている。
1)移出貨物を増加させて、移入超過のアンバランス解消。
・産業が育っていないことが輸送コストを高くしている側面を捉えて。
2)物資の自給率を高める。
・外部依存を減らす。
3)企業や業種の壁を越えた協力関係の構築。
・共同仕入れ、共同出荷により量を大きくする。
4)奄美群島内の経済的・物流的な関係の強化。
・群島内の相互補完関係を強化する。
5)沖縄との経済的・物流的な関係の強化。
・輸送コストの高い本土からの移入を減らす。
5つの提案はどれもごもっともだと思う。
なかでも、奄美の島々内での連携を強化することが、
輸送コストのメリットも大きくなるという指摘は大切だ。
「奄美の多層圏域と離島政策」のなかで、
提案に踏み込んだ考察に出会い、少しほっとした。
追記
それにしても、与論島の野菜自給率が10%に過ぎないのはなぜだろう。
そして、あれだけ生産している砂糖きびが、
黒糖焼酎の原料になっておらず、
大部分を沖縄県に依存しているのはなぜだろう。
地産地消を実現する方法を探りたい。
目次
第1章 岐路に立つ奄美と新しい島嶼研究アプローチ
(山田誠)
第2章 離島における市町村合併の政治力学
(平井一臣)
第3章 奄美の市町村財政と地方交付税
(朴源)
第4章 奄美振興開発事業と建設業
(田島康弘)
第5章 奄美の農業と農業合併
(北崎浩嗣)
第6章 奄美の物流と流通コスト
(山本一哉)
第7章 市町村合併と群島内の経済モデル
(荻野誠)
第8章 奄美の出産と育児に関する地域・家族研究)
(片桐資津子)
第9章 持続的・自立的社会の創造に向けて
(皆村武一)
第10章 奄美の地域振興と文化
(山田誠)
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