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2007/06/19

ドルチェ - 優しく

詩人と作家と監督の対話。
それが、『ドルチェ - 優しく』の骨格だ。

奄美・沖縄を理解する詩人が、
ロシアの映画監督との縁を感じ、
それを頼りに奄美の作家と引き合わせ、
そこに、作品が生まれた。

ドルチェ-優しく―映像と言語、新たな出会い

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 出逢いは予感と潜在的なもののなかに織り込まれていました。
 ソクーロフ作品へ導いてくれた
 言語哲学の前田英樹氏の思考と同伴するようにして、
 『オリエンタル・エレジー』の雲間に光る月の印象的なシーンを見たとき、
 アレクサンドル・ネフスキーの『月と不死』の一場面と頁が浮上していた。
 ネフスキーは柳田國男との親交もあり、
 初期の日本民俗研究に足跡を残したロシアの言語学者だが
 「おしらさま」研究とは別に、
 宮古が彼のフィールドワークの拠点でした。
 ネフスキーはソ連時代に粛清にあって
 銃殺されてしまう悲劇の天才肌の学者ですが、
 彼の残したテクスト『月と不死』は宮古島の神話を自らの
 言葉によって丁寧に丁寧に綴って残してくれた、
 稀有の書物です。

 そのネフスキーはソクローフさんと同じくペテルブルクの出身で、
 ロシア-日本の南というこれまで考えられたことのない
 道筋が辿れるという確認が私の中に生じていました。
 それが機縁となり昨年友らとともに宮古島におつれして、
 その過程で、日本の南島文化に本質的にかかわった
 島尾敏雄・ミホさんの世界とソクローフさんの世界との
 更なる出会いが生まれていたのでした。

 ミホさんは島尾敏雄夫人であったとともに、
 名作『海辺の生と死』、『祭り裏』に代表される南の地の宇宙は、
 これからさらに深く理解されることになるでしょう重要な作家です。
 ソクーロフさんとミホさんはまったく違う世界の住人ですが、
 おそらく「文学」をとおして、
 回転扉が回るように両者はつながる筈です。
 不思議な結びつきのように見えて、
 本質的にどこかで相通じるものがあるのではないかと、
 介添えでありメディアでもある私は考えていました。
 こうして織りなされた複数の予感から、
 この映画『ドルチェ』の制作ははじまりました。

この、詩人の丁寧な紹介が作品の入口に導いてくれる。

 ○ ○ ○

監督ソクーロフは、作家島尾ミホに、
他でもない本人の、島尾ミホを「演じる」ことを要請する。
それが、「フィクションとノンフィクションをこえる」
方法として採られたものだ。

島尾ミホはこの難題によく応えただろうか。
その結果は、「採録台本」として読むことができるが、
本当のところ、映画を観ないと分らない。

けれど、よく応えたのだろうと、ぼくは思う。
島尾ミホは、島尾ミホを演じるというか、再現することなら、
小説世界で見事に実現しているからだ。

ここには、「柴挿祭り」、「短歌との縁由」、「日日の移ろいの中で」
という島尾ミホの作品が収められている。

 部屋の中は聞えるともないさわやかな賑わいに満ち、
 えもいえぬ薫香の薫りがかすかに漂っています。
 それは母が父と私の着物も丹念に染みこませた木の実の
 それかもしれませんが、
 私にはコーソガナシの衣装から匂い立つ
 ネリヤの国からのもののように思えました。
 心が浮き立ってきた私は、
 急に踊りだしたくなりました。

  キューヌホコラシャヤ
  イツムユリ マサリ
  イツム キューヌゴトニ
  アラチタボレ

 父が驚いて振り向く程大きな声で私は八月踊りの歌を歌い、
 からだを前後にゆすって手を叩きました。
 ウヤフジガナシ(先祖さま)と共にいるよろこびを、
 黙っていては通じないから、
 どうにかして自分の気持ちを
 その人たちに伝えたいと思ったからでした。
 父はやさしいまなざしで黙って見ていました。

 幼い私にはむずかしいことはわかりませんでしたが、
 心の中では、神も人も、太陽も月も、海も山も、
 虫も花も、天地万物すべてが近所隣の人々と
 区別つかぬ同じ世界に溶け合っていて、
 太陽はティダガナシ(太陽の神)、
 月はティッキョガナシ(月の神)、
 火はヒニャハンガナシ(火の神)、
 ハベラ(蝶)は未だあの世へ行かずに
 此の世も留まっている死んだ人のマブリ(霊魂)、
 モーレ(海の亡霊)は舟こぼれした人のマブリ、
 などとみんな私と日常を共にしている
 ごく身近なものばかりでした。
 (「柴挿祭り」)

ぼくは作品の圧倒的な現前力の前に、
これは島尾敏雄生前の時期に書かれたものと思ったけれど、
ほぼ十年前の作品と知って驚いた。

島尾ミホの手にかかれば、
戦争期のことも、
まだありありと再現できる現実なのだ。

ぼくは、島尾ミホのノロの家系を感じるとともに、
その母体にある奄美の力を改めて確認する思いだった。

 ○ ○ ○

詩人、吉増剛造は、奄美について、

 奄美大島という島は、古くは道の島といいます。
 ここに住んでいる人の心の中にも、
 常にどこかへ動いていて揺れている大きな島
 という意識が潜在的にあるはずなのです。

と、近代以降の奄美の心性を紹介する。

応えて監督のソクーロフは言う。

 奄美大島は、自然が本当に美しいと思う一方で、
 私は日本の地方だとは考えなかったのです。
 奄美大島の生活というのは、
 日本の現代生活そのものです。
 現代生活のあらゆる特徴と外見を持っている。
 村でさえもそうした大きな都市の生活が持っている
 危機感というものがある。
 それからいわゆる通信手段というか、
 コミュニケーションとか、
 そういうものすべてが現代的です。
 奄美大島では、何か離島であるということを
 少し誇張して語られているように思います。

ソクーロフが目撃したのは、
都市化された日本の部分としての奄美だった。

作家と詩人と監督の描く奄美はどれも奄美だ。

島尾ミホは、奄美の大深度を、
吉増剛造は、奄美の意識を、
ソクーロフは、奄美の都市化を。

それがどのように織り成されているかは、
作品を読めばいい。

ただし、その文体とともに、ゆっくり読むのがいい。
ときに本を閉じて、濱田康作の美しい装丁写真を味わいながら。
都市で読むなら、外界の時間の流れを絶って。



 

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コメント

おはようございます。
いつもいつも、新しい目覚めにびっくりしてます。
きゅーぬふくらしゃや
 いつにもまして

   いつも今日の日のように
      あらちたぼーり

  パピルが あの世と現世の渡し舟であるとの発想は
   与論の魂の世界に通じるものがある

    呼び方はどうであれ
      ニライカナイにつながる

         今朝もさわやかな海風を頂いてきます。

投稿: awamorikubo | 2007/06/20 05:42

awamorikuboさん。

そう言っていただけると、紹介してよかったと思います。
島尾ミホさんの文章を読んでいると、
同じだなぁと感じることがよくあります。

与論とつながっているんですね。

投稿: 喜山 | 2007/06/20 08:17

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