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2007/06/03

「里帰り」から「方言」へ

米国ブラウン大学のスティーブ・ラブソンは、
「在関西のウチナーンチュ」
(『琉球弧・重なりあう歴史認識』)で、
関西へ移住した沖縄人の本土体験を明らかにしている。

移住の動機、本土での体験、集落の始まりと発展、
県人会の組織化、同化への圧力と抵抗などを取り扱う。

職を求めた本土への移住、そこでの差別・偏見と、
それゆえアジールとなった県人会など、
記述が物語るのは、近代琉球弧の島人の困難そのものだ。

ところでぼくは論考の中身以上に、
その語り口が印象に残った。

それは、外国人の立場から取り組んでいることに関わる。

これを読んでいると、何というか、
いつもはどの書き手からもやってくる、
あの、感じがない。

それは、言ってみれば、語りの情念である。
差別に対する憤りや諦念といった、
琉球弧論につきまとう、あの感じがない。
情念の抜き取られた差別論なのだ。

議論の補助線として出される例もそうだ。

その一方、いつしか沖縄は「かっこいい」という
イメージを持つようになったがそれには裏面もある。
たとえば、アメリカでは
スペイン系人の「情熱」には「暴力的」があり、
イタリア系人の「ロマンティック」には「不倫だらけ」、
ユダヤ系人の「賢さ」には「ずるさ」が、というように、
ほめ言葉の裏面にネガティブな意味は付着しがちだ。

という具合いで、例の内容が、
ぼくたちが情念を込めにくい遠い世界の話なのだ。
それは、のっぴきならない自身の問題から、
共感をもとにした他者理解の話になる。

 ○ ○ ○

この情念を抜き取られた琉球弧論は、
情念から自由な分、それに引きずられな自由を持っている。
その成果は、アンケート結果にあると思う。

「現在あなたが持っている沖縄とのつながりは何ですか」

たとえば、この問いへの回答。

                【出身者】  【子孫】
□(出身者)>(子孫)
島唄などの娯楽          78(41.1%)  37(33.6%)
県人会参加、活動         73(38.4%)  27(25.5%)
郷土同胞の親戚や友人       97(51.5%)  51(46.4%)
政治的な支援           13 (6.8%)  5 (4.5%)
『タイムス』『新報』などの読書  19(10.0%)  7 (6.4%)
里帰り              134(70.5%)  32(29.1%)

□(出身者)<(子孫)
仕事あるいは実業関係       18 (9.5%)  11(10.0%)
沖縄滞在の親戚や友人      158(83.3%)  93(84.5%)
方言、料理などの文化や習慣    85(44.7%)  67(60.9%)
儀式や祭り            72(37.9%)  47(42.7%)
三線、流舞などの勉強       37(19.5%)  27(25.5%)
高校野球の応援         99(52.1%)  65(59.1%)
その他              4(2.1%)   9(8.2%)

複数回答した選択肢を、(出身者)>(子孫)のものと、
(出身者)<(子孫)のものに分けてみた。

(出身者)>(子孫)は、
「子孫」に比べて「出身者」の比率が高いもの。
(出身者)<(子孫)は、
逆に「子孫」に比べて「出身者」の比率が低いものだ。

これを見ると、「出身者」が「子孫」を上回る最たるものは、
「里帰り」だ。

ぼくも渦中の者だからよく分かるけど、
琉球弧への里帰りは高くつく。
経済的に問題なしとするのは決して楽なことではない。
でもそれが「つながり」の確認のトップに来るのは、
それこそが里帰りだとも言えれば、
琉球弧の魅力だとも言えよう。

当然、「子孫」になれば、
里帰りする場の有無と経済から、比率は落ちてくる。
「出身者」からみれば寂しい現象だろうだがやむを得ない。

他には、「島唄」、「県人会」など、直接的なものが
つながりの特徴だ。

しかし、「子孫」が「出身者」を上回るものに、
「方言、料理」が筆頭に上がってくるのは面白い。
これは二つとも、「里帰り」を代替するものだと言っていいからだ。

他には、「祭り」などのイベント、
「三線」などの芸能の勉強、
「高校野球の応援」など、「出身者」に比べて、
関係は間接的になるけれど、
固有の文化は大事なつなぎ手になっている。

つながりを維持するものは、
言葉や料理、イベントなど、共有できる「形」なのだ。


※与論でも、「ゆんぬふとぅば講座」の案内が出ている。
応援したい。


『琉球弧・重なりあう歴史認識』

【目次】

琉球弧をめぐる歴史認識と考古学研究
-「奄美諸島史」の位相を中心に
(髙梨修)
関係性の中の琉球・琉球の中の関係性
(吉成直樹)
「糸満人」の近代
─もしくは「門中」発見前史
(與那覇潤)
「琉球民族」は存在するか
─奄美と沖縄の狭間・沖永良部島をめぐる研究史から
(高橋孝代)
幻の島─琉球の海上信仰
(酒井卯作)
大城立裕文学におけるポストコロニアル
─ハイブリッドとしてのユタ/ノロ
(リース・モートン)
在関西のウチナーンチュ
─本土社会における歴史と差別・偏見体験
(スティーブ・ラブソン)

多元的歴史認識とその行方
─アイヌ研究からの沖縄研究の眺め
(坂田美奈子)

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コメント

こんにちは、TBありがとうございます。
ぜひともこの講座には、たくさんの人に参加してもらいたいと考えています。
きっと、すこし、この「ユンヌフトゥバ」が話せることで
新しい方向性が見えてくることもあるんじゃないかと思います。
しっかりとした誇りをもって、「ユンヌフトゥバ」を使うことは、とてもすばらしいことなんだということ、大切にしたいと思います。

投稿: maama | 2007/06/04 13:29

maamaさん、コメントありがとうございます。

ぼくも不充分ですが、ユンヌフトゥバを話せるのは
とても嬉しいことです。

生きているユンヌンチュだけでなく、
昔の人の気持ちや想いに届く気がするからです。

講座の盛り上がり、期待しています。

投稿: 喜山 | 2007/06/05 08:38

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