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2007/06/28

やっとぅかっとぅ

この日曜に、父が他界した。突然の旅立ちだった。

囲碁狂の父が、囲碁を楽しむその最中に、
隣の人にもたれかかるように倒れ、
そのまま消え入るように去ってしまった。

新聞広告には「急逝」という言葉を提案されたけれど、
「永眠」にしてもらった。

闘病生活があったわけではないから「急逝」には違いないのだけれど、
ぼくにはどこか、寿命を全うしたと言ってもよいような気がした。

七十三歳という年齢は、寿命というには早すぎるかもしれない。
けれど、父はどこかはかなさを漂わせていて、
ぼくは小さい頃から、いたわるべき人という想いがあった。
ぼくはいわゆる反抗期にも父に口答えしたことがない。
そういう気持ちになったことがない。
そうするのは、父には酷いことをするように感じていたのだと思う。

もちろん、ぼくが反抗期不要のできた人であったわけでない。
教師への反抗は激しく、いまでも折り合いがついていないほどだ。
おまけに毒舌が得意ときている。

反抗しなかったのは、ひとえに、父の人柄のなせる業だ。

父は身を削るように、子どもたちを育て、
退職後を楽しみ、命、尽きた。

どの親にしても子育ては身を削るようにあるには違いないけれど、
もてる生命力からすれば、父は人一倍だったと思う。

やっとぅかっとぅ。
これは、父の口癖、というより、決め台詞だった。
「やっとかっと」の与論方言で、
「やっとかっと」を三母音言語世界に引き込んだ発音だ。

父が挨拶するとき、

 How are you? I'm fine.

の定型は成り立たず、
「元気?」と聞かれれば、「やっとかっと」と答えるのだった。

お袋は、「そんな言い方しないで」とよく言っていたが、
親父にすれば、率直なぎりぎりの言葉だったと思う。


ぼくは実のところ、まだ実感できていないのだけれど、
父の他界は、無条件の理解者の喪失なのだと思う。


 父よ、安らかにあれ。



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コメント

言葉になりません。
父君を知っている者として
穏やかな表情の中
強い決意を秘めた生き様に
今になり感じ入ります。
ご冥福をお祈り申し上げます。

投稿: neighbor-K | 2007/06/28 23:41

neighbor-Kさん、ありがとうございます。

今頃、親父同士で、
むぬがったいしているといいなと思います。

投稿: 喜山 | 2007/06/29 06:18

僕は喜山さんのお父さんのことを知ってはいないのですが、でも喜山さんの言葉からそのお人柄が想像できます。
「やっとぅかっとぅ」
精一杯に人生を歩まれたのですね。
ご冥福をお祈りいたします。

投稿: lagoon | 2007/06/29 20:22

ぱーぱーのお家で一度お会いしたこと思い出します。
夫婦でした。
お母様が那間の出身であることをその時教えてもらいました。
その時、ウェブコミを頂きました。
永眠されたこと寂しいでしょうが、
後に残されたお母様を大切に。
 やっとぅかっとぅを生きるとの表現
私の父も言いそうな言葉です。
何と言ったらいいか、返答の仕様の無い言葉です。
 でーじえーたる、
   いちゃしらりゅんがよー。
      言葉にならなかった言葉でしか
          慰められませんでしたでしょうか。
  

投稿: awamorikubo | 2007/06/29 22:34

lagoonさん、ありがとうございます。

父が与論の教壇に立っていたのは、
もう三十年以上前のことです。

lagoonさんの子どもの頃でしょうか。

投稿: 喜山 | 2007/06/30 17:38

awamorikuboさん、
言葉をかけてくださりありがとうございます。

残された者同士で支えあわなきゃなと思っています。

投稿: 喜山 | 2007/06/30 17:47

10年前、最愛の父を亡くしました。父は私にとってビジネス上の上司でもあり、一人息子の父親代わりでもありました。

思い起こせば、それはそれはショッキングで、この上ない寂しさにおそわれたものです。しかし、日が経つにつれ、喜山さんも書いていらっしゃるように、「無条件の理解者」であったことを身に染みて感じました。今も・・・

息子が家族を持って、遠くから見守るようになって、「無条件の理解者」でいよう、が息子への全ての気持ちであることに気付いています。それは、父が私に残してくれた“愛”なのだと思うようになりました。親子はこうしてつながっていくのですね。すばらしいと思います。

投稿: くんちゃん | 2007/07/18 16:34

くんちゃんさん、ありがたい話、ありがとうございます。

つながっていくものがあるというのは嬉しいですね。
ぼくも、自分は何を伝えられるだろうって、よく考えます。

前を向いて歩かなきゃいけないですね。

投稿: 喜山 | 2007/07/19 08:44

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