« よろんの里、初 | トップページ | 樹木水準 »

2007/06/09

奄美人の目からみた格差社会

平成14年時点で、奄振法が50年になることを踏まえ、
福永さんはこの法の目的である格差是正の進展を辿っている。

数値は、1人当たりの所得に関するものだ。

             【対県】  【対国】 
 1963年(昭和38年) 8割弱  5割弱
 1978年(昭和53年) 9割   7割
 1998年(平成10年) 9割   7割

この経緯が教えるのは、奄振法は28年をかけて、
1人当たり所得において、県の9割、国の7割まで、
格差を是正させてきた。

しかし、その後、この格差は縮まることなく、
その後20年経った時点でも、
県の9割、国の7割の格差は変わってない。

しかも、

 島別の格差は、残念ながら縮まるどころか広がる姿になっています。

 ○ ○ ○

所得水準が低いのに、消費者物価指数は高く、航空運賃も高い。
しかも、と福永さんは付け加える。

奄美-沖縄は250km離れていて、東京など本土からより遠いのに、
片道5000円も東京-那覇が安い。

これは、平成8年の「沖縄における米軍等の施設の特別措置云々」
という閣議決定に依るところが大きい。

ちなみに現在、5000円の差がどうなっているだろう。

 東京-那覇 37500円(JAL)
 東京-奄美 42500円(JAL)

ということで、変わっていない。

奄美は、格差ある状況にあり、
しかも格差縮小の条件を持っていない。
ということのようだ。

 ○ ○ ○

さて、一度、格差是正の話を、福永さんの文脈から離してみる。

それというとも、いままで「格差」は、
奄美や沖縄やその他特定の地域の台詞だったのに、
気がつけば、日本全体を説明する言葉になっている。

いわく。格差社会、と。

奄美人の目は、格差社会の議論に対して思わないだろうか。

なにをいまさら。
奄美は、もとより格差をこそ生きてきたし、
これからも格差を生きるだろう。
何を騒ぐことがあるだろう。

でも、ぼくは格差、結構じゃないかと言いたいわけではない。

経済的条件をよりよくすること。
それが課題であることに変わりはないし、
ぼくも与論島・琉球弧が豊かになることを願う者だ。

ただ、いたずらにこの言葉に振り回されることなく、
別の価値を表現することも大切だと思う。

それは、「癒し歌」で見たように、
「持てる者」としての奄美という側面があるからだ。
それはまだ十分に、量的な表現を得ていない。

国の5割弱と言われた頃に、
与論島で生まれたぼくの実感からしても、
言われるように経済的には貧しかったかもしれないが、
指標から見えないところで、
信じられない豊かさを享受もしていた。

 ○ ○ ○

南日本新聞は、この5月、奄振法の
「延長には必要性の理論武装が不可欠」と社説を掲載している。

その背景も思惑も知らない。

奄振法がどうあれ、奄美人が、自分たちでがんばろう、と言うこと。
それが必要なことは言うまでもないと思う。


「哭き歌と癒し歌」



 

|

« よろんの里、初 | トップページ | 樹木水準 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/87956/15353157

この記事へのトラックバック一覧です: 奄美人の目からみた格差社会:

« よろんの里、初 | トップページ | 樹木水準 »