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2007/05/19

侵略の根拠

薩摩の琉球侵略について、著者は分析している。

 琉球首脳部の神頼みはこれに始まった事ではない。
 同様の記述は陳侃以来明代の使録のいずれにも記載されている。
 『球陽』の遺老伝にも「海寇の来侵すること有れば、
 即ち神たちまち其の米を化して砂と為し、其の水を塩と為す。
 あるいは、寇賊をして盲唖たらしめ、
 忽然として颶風にわかに起こり、
 舟みな沈覆崩裂せしむ」とある。
 神国日本を口にした第二次大戦前の日本同様、
 琉球首脳部は本気でそれを信じていたのであろうが、
 これで国家の経営ができるはずがなかった。
 (『しまぬゆ』)

著者はないものねだりをしていると思う。

琉球は内発的には国家を形成する必然性を持たなかったと思える。
その地域に、「国家の経営」を問うこと自体が
空振りした問いではないだろうか。

著者も言うとおり、日本の「神国日本」の認識と同様に、
琉球弧は日本の縮図と言える側面がある。
それならなおさら、琉球首脳部の認識の欠如を問うのは、
自己嫌悪が増すばかりではないか。

むしろこの苛立ちの影に、
薩摩の琉球侵略の根拠が掘り下げられていない。
ぼくにはそのほうがいらだたしく思える。

『しまぬゆ』の記述を手がかりにすれば、
薩摩の琉球侵略は、

・逼迫した藩財政の建て直し
・対明貿易の利益確保

の二重の政治意図を根拠にしていた。

このうち、藩財政の建て直しを、
奄美諸島の割譲によってなそうとするのである。

しかし、薩摩の侵略にはそれ以上の欲望を感じる。
薩摩は、藩の窮状を経済的に解決すること自体を目指したのではなく、
琉球侵略によって、「藩」ではなく、「国家」になることで、
藩の窮状を超克せんと企図したのである。

薩摩は、「藩」としての国家意思以上に、
「国家」としての国家意思を潜伏させていた。
その意思のもと、
琉球弧のおだやかでゆるやかなあり方に
つけ込んだのだ。




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