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2007/05/25

明治維新を越えること

ところでぼくは、『鹿児島県の歴史』(1999年)
「あとがき」に、

 旧版『鹿児島県の歴史』を父原口虎雄が一人で執筆したのは、
 私が学生時代の昭和四十八(一九七三)年であった。

とあるのを見て、もう一度、驚いた。

ぼくは、この本をAmazonで買ったので、
「あとがき」は手元に届いてはじめて目にしたのだ。

隔世の感を覚えた認識の進み行きは、
父と息子の世代を渡ることで遂げられていたのだ。

 ○ ○ ○

「奄美人の目」から見た薩摩の思想の課題は、
明治維新を越えることである。

いつまで経っても西郷隆盛。
薩摩の思想は、明治維新止まりだからである。

「奄美人の目」から言えば、
薩摩の思想が明治維新を越えるには、
薩摩は、南島を喰らうことによって、
明治維新で何事をなしたということを認めることだ。

「母なる奄美」の文章は、こう続く。

 外様大名ながら、近世島津氏は石高でいえば
 加賀前田氏につぐ天下第二の大藩であり、
 しかも初代島津氏忠久を源頼朝の庶長子と称して
 守護、守護大名、戦国大将と続く系譜をほこる
 名門であった。琉球王国という「異国」支配は
 さらに島津氏の権威を高めるものであった。

 稲作生産では劣位であっても、薩摩藩は
 「琉球口」という徳川幕府公認の中国との
 貿易口を利用して、経済的に活路をみいだし、
 天保改革に成功じ、幕末には雄藩として
 登場するのである。

「母なる奄美」という認識は、
南島を喰らうという本質を、
美名のもとに隠していないだろうか。

「母なる奄美」と述べる次には、
雄藩としての薩摩藩という誇らしげな口吻に移るに際して、
すり替えを感じないではいない。

でも今、「母なる奄美」と口にした
原口泉の見識をすぼめるまい。

ここから先は、「奄美人の目」からの働きかけが
必要なのだと思う。対話の働きかけが。

原口泉の『鹿児島県の歴史』は1999年に上梓されている。
前世紀の出来事だ。

今世紀の対話はこれからである。

※記事:「母なる奄美」


追記
『鹿児島県の歴史』(1999年)は、
「奄美諸島史の憂鬱」のおすすめがあって、読む気になった。
感謝したい。



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コメント

ご紹介いただいて恐縮です。

>「母なる奄美」という認識は、
>南島を喰らうという本質を、
>美名のもとに隠していないだろうか。

僕もそう思いながら読みましたが・・・・

>でも今、「母なる奄美」と口にした
>原口泉の見識をすぼめるまい。

原口虎雄先生、原口泉先生の親子二代にわたる奄美諸島史へのかかわりは、特筆されなければなりません。
奄美諸島に通い、基礎研究を牽引したのですから!
原口泉先生の奄美諸島に対する深い思いも、「母なる奄美」という言葉の裏のさらに裏にこめられているのだと思います。

>原口泉の『鹿児島県の歴史』は1999年に上梓されている。
>前世紀の出来事だ。

>今世紀の対話はこれからである。

そうですね、まさにこれから、です!
奄美諸島に主体を置き、鹿児島県史と奄美諸島史、沖縄県史と奄美諸島史を相対化しながら、日本歴史、東アジア歴史の動態にも目配りした通史の叙述。
これをめざしたいと考えています。

投稿: NASHI | 2007/05/26 00:16

おはようございます。

原口先生の講演は1度だけ聴いたことがあります。
穏やかな口調でした。
TVの歴史案内でよく登場する方でしたので顔はよく知っていましたが。
鹿児島の歴史は、奄美の虐げられた歴史を知るにつけ、面白くありませんでした。
 明治維新を成し遂げた偉人を盾に行政を司る方が中に見受けられる官僚など見るにつけ、下級の公務員の地位に甘んじていたことを思い、
やはり悔しい思いがしています。

 明治維新を超えなければと思います。
今は鹿児島本土を経由しなくても自由に行ける時代が来ている。
奄美、頑張ろう。

投稿: awamorikubo | 2007/05/26 04:06

NASHIさん、コメントありがとうございます。

NASHIさんの「奄美諸島史」が、
奄美をどれだけ力づけるか、計り知れないと思います。

ぼくも、ああそういう風にみてくれるんだと、
とても嬉しかったです。

投稿: 喜山 | 2007/05/26 20:12

awamorikuboさん、コメントありがとうございます。

与論の人、奄美の人は、
悔しい思いを言わず忘れることで、
しのいできてるようにみえます。

その無念を放っておきたくないと思います。

投稿: 喜山 | 2007/05/26 20:15

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