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2007/05/29

隆起せよ「島の身体」

『琉球弧・重なりあう歴史認識』は、
琉球弧の民俗学が立ち会っている困難を教えてくれる。
吉成さんは解説している。

比嘉政夫によって1996年、「琉球民俗学」が提唱される。
けれど、現在までのところ本格化していない。

比嘉によれば琉球民俗学は、
具体例を見ていくと一般化は困難である。

一方、民俗学は他地域との比較によって成り立つとする。
琉球民俗学は本土の民俗学と比較されなければならない。
では、比較というけれど、比較するときに、
琉球とはこういうものであるという同質性は
何によって担保されるのか?

その回答は比嘉にない。

それはきっと日琉同祖論によって、
本土との奥底での同質性を担保することでなしている。

沖縄の具体例をみると一般化はとても無理と思っているのに、
本土とは比較できると言うし、
比較するときは琉球はまるで一般化されたようにイメージしている。
それは、本土とも同質だし、
琉球内部も同質であるという前提があるからだ。
その前提を用意しているのが、日琉同祖論である。

日琉同祖論では、
琉球は本土から分化したものと見なされる。
だから、琉球に古代日本をみる見方を定着させてしまった。
過剰に古代本土的に言われてきたきらいがないわけではない。
それは本土研究者の責任もあるが、
やっかいなのは、日琉同祖論を推進したのは、
伊波普猷はじめ沖縄の人々だった。

 したがって、「琉球民俗学」の構想のなかには、
 従来の「日琉同祖論」による成果を一旦破棄し、
 破棄されることによって生じる空白部分を埋める作業
 から行う必要があるのではないか。
 「日琉同祖論」からの訣別という過程を踏んで、
 はじめて「琉球民俗学」の道が拓かれるのではないかと思う。

 「琉球民俗学」を構想する前に、
 少なくとも「奄美民俗学」「沖縄民俗学」「宮古民俗学」
 「八重山民俗学」のあり方が考慮されてしかるべきである。

こうみてくれば、琉球民俗学が、
その名称の魅力にもかかわらず深化していない理由は、
門外漢のぼくにもおぼろげながら見えてくる気がする。

きっと、琉球弧を構成する島々にとって、
切実で魅力的な枠組みに映らないのだ。

 ○ ○ ○

ぼくはこのアポリアを突破する鍵は、
地図の視点を解体することだと思う。

この一帯は自分たちのものにしようという支配者の論理から、
こことここは近いから一括りにするという、
行政区分や文化の論理まで、
地図の視点を止めることだ。

言い換えれば、
ひとつひとつの島がクニであるという視点にするのである。

島は、ひとつでクニである。
島は、ひとつでクニであり、世界であり宇宙である。
そのことが踏まえられなければならない。

個々の島の民俗が、まず語られなければならない。
奄美民俗学でも広すぎる、のである。

檻だったら外から開けることができる。
でも、島の民俗学は、内側からしか開けることができない。
内側からというのは、出自を意味しない。
島の出身者でなければ資格はないことではない。
また、他の島との比較が第一義なのでもない。
誰であろうが、井の中をどこまでも掘り下げて、
共感と洞察で島の民俗を取り出したら、そのとき扉は開くだろう。

だから、関係性を担う島の主体をつくる、というより、
「島の身体」を浮かび上がらせることがテーマになる。

近年の奄美考古学の成果も
この視点が寄与したものではないだろうか。

ひとつひとつの島の身体を明らかにすること。
それが民俗学の政治性を解体する方途でもあると思う。


『琉球弧・重なりあう歴史認識』

【目次】

琉球弧をめぐる歴史認識と考古学研究
-「奄美諸島史」の位相を中心に
(髙梨修)
関係性の中の琉球・琉球の中の関係性
(吉成直樹)

「糸満人」の近代
─もしくは「門中」発見前史
(與那覇潤)
「琉球民族」は存在するか
─奄美と沖縄の狭間・沖永良部島をめぐる研究史から
(高橋孝代)
幻の島─琉球の海上信仰
(酒井卯作)
大城立裕文学におけるポストコロニアル
─ハイブリッドとしてのユタ/ノロ
(リース・モートン)
在関西のウチナーンチュ
─本土社会における歴史と差別・偏見体験
(スティーブ・ラブソン)
多元的歴史認識とその行方
─アイヌ研究からの沖縄研究の眺め
(坂田美奈子)



 

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コメント

おはようございます。
素晴らしい発言に共感しています。
今日は郷土研究会の総会です。
議論のテーマにしたい主張ですね。
何かと勇気ずけられています。

 解説書つきの本を読んでいるみたいで大変勉強になります。
これから中央公民館へ行きますが、海洋少年に貸したブログコミを捜してみます。BMRはアマゾンでてにいれましたが
これから読むところです。
早くホームページを開いてマーケティングの勉強をしたいと思います。
その方面もご指導よろしく。

 郷土研究会で喜山さんのブログ紹介したいと思います。
内側の扉をあけましょう。

投稿: awamorikubo | 2007/05/30 08:25

awamorikuboさん、コメントありがとうございます。

郷土研究会、ぼくもいつか参加したくて仕方ありません。
ブログの紹介、ありがとうございます。とても光栄です。

でも、盛窪さんお気づきだと思いますが、
「井の中をどこまでも掘り下げて」というところは、
盛窪さんの「井の中の蛙・・ されど井戸の深さを知る」
の記事にに感銘を受けて拝借したつもりです。


BMRは、分かりにくい点ありましたら、
何なりとおっしゃってください。
ちゃんと使えば、きっと与論の力になると思っています。

投稿: 喜山 | 2007/05/30 14:49

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