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2007/05/14

誇るべきこと

『しまぬゆ』を追ってゆこう。

 九州・弥生人との交易を通して
 稲作についての知識も入っていたであろうが、
 当時の奄美・沖縄の遺跡から
 稲作を示す証拠は未だ発見されていない。
 この島々の人々は
 豊かな自然の恵みに依存して農耕を行わず、
 珊瑚礁を基盤にした漁労や猪猟・椎の実などの
 自然物の採取だけで
 食糧事情は安定していたのである。
 (『しまぬゆ1』

「食糧事情が安定していた」かどうかは分からない。

けれど、

 豊かな自然の恵みに依存して農耕を行わず、
 珊瑚礁を基盤にした漁労や猪猟・椎の実などの
 自然物の採取だけで

生活していたのは確かである。

「しまぬゆ」は、1609年に向き合うのに、
原始、古代の南島から書き始めているのがいい。

ただ、残念なのは、約200ページに及ぶ本文のなかで、
原始、古代に触れたのはたった3ページに過ぎないことだ。
引用したくだりはその結びに当っている。

原始、古代から書き起こすなら、
もう少し、厚く描いてほしい。

なぜなら、稲作以前の生産様式の時代を長く持ったことのなかに、
奄美の誇るべきこともあると思うから。

そこで、「遅れた」地域であるという言われ方を
恐れる必要はもはやない。

「遅れる」ことは、「進む」必然が無かったことと同じだ。
「遅れる」ことが「劣る」ことではないことは、
言うまでもないことだけれど、
あえて言えば、歴史が証明していることだ。

未開の部族も、文明に接した途端、
数十年も経たないうちに、
たちまち文明化されてしまうことを
ぼくたちはテレビ番組などで目撃している。

そこまで言わずとも、
奄美人もあっという間に「日本人」になり、
奄美もあっという間に現在の社会のなかに溶け込んでしまった。
身をもって証明してきたことなのだ。

だからもう、臆さなくていい。

 ○ ○ ○

奄美が誇るべきなのは、
長く、自然採取の段階に止まった、
その「とどまる力」のことだと言っていい。

それがなぜ誇るべきことなのか。

自然採取の段階の世界は、
稲作を知らないとか、文明の度合いが低いという言い方もある。
けれど、別の言い方をすれば、
この段階の世界では、
人間は自然や他の存在に対して優位な存在ではなく、
等価な存在だった。

人間が、自然や動物、無機物と等価の存在だということは、
そこに暮らす人々が、人間以外の存在とも、
コミュニケーションをとることが可能だったことを意味する。

動物や植物と対話をすることができた。
動物や植物の気持ちに感応することができたのだ。

現在、近代化をひた走った結果、
ぼくたちはその能力を著しく損なっている。
そして、その力を回復したいと、むしろ切望し始めている。

そのこからみたら、「遅れた」地域の世界は、
これから回復すべき関係性を持った
「進んだ」地域の世界になるのである。

奄美は、その獲得すべき世界のあり方を、
長く保存してきたのである。
ということは、その世界の手がかりを持っているということだ。

人間と他の存在とが等価である世界を長く保存してきたことが、
奄美をはじめ琉球弧の誇るべきことだと、ぼくは思う。

だからこそ、「しまぬゆ」を語るなら、
そのことを誇るべき基底として触れてほしいと思うのだ。


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コメント

自然の一部として 生きる事ができたから

投稿: 海星 | 2009/12/15 00:31

海星さま

はい、自然の一部として自然に溶け込むことができたから、ですね。

投稿: 喜山 | 2009/12/20 16:39

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