ボーダー・アイデンティティ
高橋さんの論文は次第に核心に迫る。
沖永良部で生まれ育った人々にとって、
文化化の過程で培われた文化的なアイデンティティは
出自によるアイデンティティとは必ずしも同質ではない。
政治と歴史とは別に、
沖永良部島にはその地域における文化の歴史がある。
薩摩藩直轄領になった後も、
そして鹿児島県に行政的に組み込まれた後も、
沖永良部島は沖縄島から文化的影響を受け続けていた。
特に芸能文化は沖縄の影響が強く、
沖永良部島の人々が沖縄に文化的アイデンティティを
もたせる大きな要因となっている。
アイデンティティは多層である。
それは、沖縄、鹿児島など、どちらかに「峻別し難い」。
こんな境界の場所では、
どちらかを選ぶというより、
「状況によって境界を行き来する」という。
それを、高橋さんは「ボーダー・アイデンティティ」と呼んでいる。
この分析は説得力がある。
ぼくも、ある時は沖縄に愛着を寄せるし、
あるときはただの日本人だ。
でも、いざとなればユンヌンチュが強く顔を出す。
高橋さんはそれをボーダー・アイデンティティと言っていると思う。
これは、沖永良部だけでなく、与論や奄美の、
心のありようを説明してくれていると思う。
○ ○ ○
ただ、もうちょっと言えば、
ぼくは、その奥がまだあって、
どれかのアイデンティティに頼る向こうに、
それさえも、どうでもいいじゃないかという
おおらかさがあるような気がする。
島の人はアイデンティティとは誰も言わない。
それはアイデンティティという概念を知らないからではない。
もちろん、知っていてもどうということはないのだけれど、
ふつうの日常生活のなかで、
アイデンティティを糧に生きているわけではないからだ。
考えを詰めて息を凝らして、
煮詰めていくと、たしかにアイデンティティを云々するときはある。
けれど、考え詰めた極点で、
どうってことないじゃんというような、
ただの人のような場所に、いるのではないだろうか。
ユンヌンチュとて。
そこに、アイデンティティという言葉は、
ちょっとしゃちこばった、
外ゆきの言葉に思えてくる。
そんなところで、沖永良部のぴちゅ(人)も
与論のぴちゅ(人)も生きてきたのではなだろうか。
でも、高橋さんの突き詰めはとてもありがたい。
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