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2007/05/13

『恋しくて』-憧れの逆転

「いいですよぉ。最後、泣けますよぉ」と
ほたかさんに勧められて、
中江裕司監督の映画『恋しくて』を観た。

Chumuchasanu











これは、石垣島を舞台にした青春映画だ。
石垣島を舞台にした、というのは、
石垣島でなければきっと出来なかったという意味だ。

まず、登場する少年少女の、少年少女らしさが、
もう天然南島ものだった。
これはある年代以上の者には郷愁に映るかもしれない。
かつて、子どもはこうだったという。

上京して、電車の乗り方が分からないのも、
いまや舞台を南島に採らなければ、
リアリティを持ち得ないかもしれない。

そしてなんといっても石垣島でなければ、
と思わせるのは、
歌に対する素養や層の厚さだった。

俳優ではないふつうの沖縄の若者を
オーディションで選んで撮った映画というけれど、
あのはまりっぷりは、
音楽を歌うことも演奏することも、
日常的な場所でなければなしえなかったろう。

そして、上京するということが、
別離を意味するという、
辛さ切なさも、
西の南島の八重山ゆえのリアルさがあった。

 ○ ○ ○

けれど、この映画は、
日本の郷愁にも、
上京が別離に終わるかつての青春映画にも
回収されない懐かしい新しさがあった。

この映画では、牛や山羊がしゃべったりする。
それがこの映画を破綻させないのは、
抑制的にほんの駒運びに使われるからというばかりではない。

あのユーモラスなシーンのなかに、
どこか南島的なリアリティがあるからだ。

それは、動物や植物が人間と変わらない存在だということだ。
変わらないという意味は、
互いに話ができると言えばいいだろうか。

動物と話ができる、というよりは、
動物と話せるような関わり方ができるというような。
そんなほのかなリアリティが、
この映画の背景にはあり、
それがおいそれと郷愁には終わらせない
懐かしい新しさを生んでいる。

もうひとつ、上京は別離を生むかに見せるけれど、
それでも、いまでは石垣島には東京から直行便で行ける。
上京は別離となるかにみえるけれど、
主人公たちはほどなく再会する。

南島は、琉球弧は、なんと東京と近くなったことか。

終わり近く、東京と石垣島が交互に現れる場面では、
ぼくも、出自を説明するのに、
どう言っても通じないだろうという昔から、
既に持っている知識を詳しくしてあげればいいという現在までの
変遷がまざまざと身体に迫ってくるようだった。

するとどうだろう。

『恋しくて』は、
映画のなかでも使われる「木綿のハンカチーフ」よろしく
上京することが別離であるような郷愁誘う青春映画をつくるなら、
石垣島を舞台にするしかなかったという作品ではない。

そうではなく、
こんなに率直で純粋な青春を過ごしてみたい
という憧れを生むように映画はあった。

こんな風に青春を突っ走ってみたい。
そういう憧れの地として石垣島があるのだ。

 ○ ○ ○

与論島出身者から観て嬉しい場面もあった。

栄順が加那子に恋心を打ち明けたくて、
連発する「あのね」の意味の「あぬよー」。

バンドが曲をやる時のかけ声、
「ばんみかすよー(どー、ぞー)」。

奄美のじいさんが、
「これはきみのものだ」と父の形見を渡す時の、
「ふりゃーうらしどー」。

それらの言葉が同じで、
つながっているのを実感できた。

『恋しくて』は、与論言葉でいえば、
たぶん「ちゅむちゃさぬ」。
ぼくも何かの形で、
「ちゅむちゃさぬ」という作品をつくりたくなった。
そんな触発もあった。


でも、誰でも思い当たるのではないかと思うことでいえば、
加那子が、からかわれたときに繰り出す、
廻し蹴りがなんといってもよかった。

蹴りが少女らしさと可愛らしさに矛盾しない。
あの年代だけの特権の輝きが発散していた。

  (それにしても。広いねぇ、石垣島は。)



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コメント

「恋しくて」を紹介させて頂いた、ほたかです。こんなに立派なコメントを書いていらっしゃるとは(汗)。沖縄好きな父と、他に母と弟とで実家の近くの映画館でも、見てきました!家族勢揃いで映画を見るのは初めての事です。話の流れが分かってもう一度観ると、この先に起こる出来事の伏線などが、天候や一日の移り変わりによって暗示されていて興味深かったです。又最後には泣いてしまったのですが・・・。もう一度行ってしまいそうな予感大です。

投稿: ほたか | 2007/05/15 17:13

ほたかさん、コメントありがとうございます。

家族総出の映画見物、いいですね。
そういえば、空の動きも場面転換に使われていましたね。
南の島ならではの贅沢な演出でした。

ぼくももう一度、観たいです。

投稿: 喜山 | 2007/05/16 19:09

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