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2007/05/30

ゆんぬ・与論・ヨロン2

『琉球弧・重なりあう歴史認識』で、
与那覇さんは、近代糸満人の表象史を扱っている。

近代沖縄で「糸満人は異人種である」とする説が登場する。
この説は糸満人が西洋人であると含意したものだった。
来沖して物議をかもした河上肇の
「琉球糸満ノ個人主義的家族」という論文は
それに拍車をかけてしまう。

そもそもポジティブだった糸満人のイメージは、
ネガティブなものに転じ、揺れるが、
やがて門中の研究を通じて、
家族主義的であることが言われるようになり、
そして戦争という機会が、日本人化の契機を与え、
「糸満人は異人種である」であるとする表象が消えてゆく。

与那覇さんはその流れを追っている。

 ○ ○ ○

この表象史は、近代において、
「日本人ではない」という本土からの表象に悩む沖縄・琉球が、
その内部に、「沖縄人ではない」という表象を
生み出した背景を連想させる。

「日本人ではない」という表象は、
戦争を契機に、戦争のさなかにおいては、
「日本人」という表象に解消され、
沖縄・琉球が、その内部に外部を持つ必然性が
無くなった過程とみることもできる。

 ○ ○ ○

表象史というテーマを、
ぼくは自分にとって切実な
「与論」の表象史として受け取ってみよう。

与論を、島の人は「ゆんぬ」と呼ぶ。
「ゆんぬ」は口承のなかで生きてきた。
「ゆんぬ」は、琉球・薩摩の島外からの政治的共同性が
かぶさったときに「与論」になり、文字としても表記される。

近代与論において、
「与論」の公的な意味は、本土化を意味するようになる。

そこで、島の表象は、
標準語としての「与論」と、
与論言葉としての「ゆんぬ」に分裂する。

与論島の内部においては、
生活空間としての「ゆんぬ」と、
公的空間における「与論」の二重性が存在した。

「与論」は、標準語世界という意味では、
日本人を表象するものだから、
島人にとっての活路だったが、
本土からみれば、ネガティブな表象のなかにあったので、
本土のなかでは、隠したいものでもあった。

「与論」は、そういう島人のきつさを表してもいた。
そして、糸満人と同じく「与論人」も、
戦争期、その表象は「日本人」のなかに解消されたかにみえた。

しかし、戦後もこの二重性は生きる。
与論言葉と標準語の盛衰と同様に、
そこでは、衰退する「ゆんぬ」と、強化される「与論」としてあった。

ただ、「ゆんぬ」はもともと与論言葉の
長い時間の蓄積を持った世界なのだから、
その衰退はきついものだった。

その表象に変化が現れる契機になったのは、観光である。

ここで、与論には、三つ目の表象が加わる。
それは、カタカナの「ヨロン」である。
ヨロンの表象には幅があった。

ひとつは、沖縄復帰前の日本最南端の地としてのヨロン。
ついで、復帰後は、沖縄とセットのヨロン・オキナワのなかのヨロン。
そしてそれだけでなく、海外旅行が大衆化されて以降、
プーケットなどの海外のリゾート地と並んであるヨロン。

この三つのヨロン表象の幅は、
ぼくも体験したものだ。

日本最南端の地としてのヨロンは、
全学連委員長、唐牛健太郎が一時期、
潜伏したこともあったように、隠れ家的な意味を持った。

それが、オキナワ・ヨロンになると、
途端に明るい海と空の観光地イメージに取って代わる。
浜辺に行けば、東京弁や大阪弁の若者たちと触れ合うことができた。
彼らはきれいな珊瑚をみかけるとお土産に取っていったりと、
おおらかに自然を壊してもくれたが、親切で優しかった。

少年期に味わった浜辺でのヨロン表象は明るく朗らかなもので、
それが鹿児島のなかで味わう与論表象の暗くきついものとは
対象的だった。

ヨロンはそれに止まらず、オキナワとセットの位置から遊離し、
南の島として浮遊しはじめる。
それは、プーケットの隣にあるかもしれない島としてあった。
当時、ぼくは、ヨロンはどこの国?と聞かれることもあった。

しかし、この場合、近代初期の島人が、
どこの人?と聞かれるのとは違い、むしろ楽だった。

沖縄に近い、沖縄ではない、鹿児島県に属する。
などの正確だけれど、言うほうも不満が残る散文的な説明より、
どこか分からない日本か外国かも分からない
南の島という表象は、投身しやすかった。

「ヨロン」として軽さ、明るさを知り、
「与論」の重さ、暗さはやわらいだ。

与論表象史でいえば、
「与論」と「ヨロン」のイメージの対照性と、
(与論)>(ヨロン)から(与論)<(ヨロン)への逆転劇は、
最大の転換点だった。

この転換は、おそらく、
瀕死にあった「ゆんぬ」に
再び視線を向ける契機にもなったのだ。

関連記事:「ゆんぬ・与論・ヨロン」


『琉球弧・重なりあう歴史認識』

【目次】

琉球弧をめぐる歴史認識と考古学研究
-「奄美諸島史」の位相を中心に
(髙梨修)
関係性の中の琉球・琉球の中の関係性
(吉成直樹)
「糸満人」の近代
─もしくは「門中」発見前史
(與那覇潤)

「琉球民族」は存在するか
─奄美と沖縄の狭間・沖永良部島をめぐる研究史から
(高橋孝代)
幻の島─琉球の海上信仰
(酒井卯作)
大城立裕文学におけるポストコロニアル
─ハイブリッドとしてのユタ/ノロ
(リース・モートン)
在関西のウチナーンチュ
─本土社会における歴史と差別・偏見体験
(スティーブ・ラブソン)
多元的歴史認識とその行方
─アイヌ研究からの沖縄研究の眺め
(坂田美奈子)


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